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筧 義松①
オナクラ、エルミタージュの「ご紹介カード」なるものを押し付けられたのは昨日の会社の飲み会でのこと。風俗好きで知られている先輩からだった――。
「オナクラ……? しかもこの店……え? 男しかいないの?」
義松 とて風俗店の経験くらいあるが、男が相手をする店があるなんてはじめて知った。
怪訝な顔をする義松に、その先輩はこそっと耳元で囁く。
「お前、包茎で悩んでんだろ? 恥ずかしくて風俗行けないって、言ってたじゃん」
義松はぎょっとしてその先輩の顔を見た。
「な、な、な、なんで……」
「お前自分で言ったんじゃん。先月の暑気払いでさ。……もしかして覚えてねーの? 結構酔ってたもんなー」
カラカラと声を上げて笑う先輩に、義松は声が出ない。口をはくはくさせていると先輩はますます笑った。
「何ソレ、金魚のマネ?」
「ちッ……! 違います!」
「ははっ、うそうそ、ジョーダン! 分かってるよ、大丈夫だって。お前がそのお悩みを告白したのは俺だけだし。俺も誰にも言わねーし。っつーか、仮性包茎くらい別に珍しくもねーだろ」
「ちょ! 先輩! 声が大きいです……!」
慌てて周りを見回すが、周りの同僚たちは各々の会話に夢中で義松と先輩の会話なんて聞いていない。ホッとしたところで、再び耳元で囁かれる。
「同じ男が相手だとさ、その手のデリケートな問題にオンナの子よりも理解あるし? きっと筧 の心の傷も癒してくれるよ」
ーー男の風俗店の中でも、断トツおすすめするのがココ。オトコノコのクオリティも高いし、サービスもいいし、なにより癒されるのよぉ。だから、ね。是非行ってみて……? ――なーんて、先輩の言葉にまんまと乗っかって、筧 義松 は素直に翌日の土曜日、そのオナクラ、エルミタージュとやらに「ご紹介カード」を持ってやってきた。
「これ持っていくとさ、入場料1,000円がタダになるから!」
と、握らせてくれた「ご紹介カード」を受付で提示する。
「ご紹介でございますね。ありがとうございます」
受付には四十代と思しきスーツの男がおり、実ににこやかにカードを受け取ってくれた。
若干緊張のため肩に力が入っていたが、拍子抜けするほど優しげで清潔感のある上品な男の対応に、わずかながらホッとする。
受付の男は簡単にコース内容と、店のルール説明をしたあと「本日ご案内可能な子です」とポストカードサイズの写真の載ったプロフィールシートを見せてくれた。
流れは普通の風俗店と変わらないらしい。
義松はまじまじと写真を見た。
女の子みたいに可愛くて幼い顔だちの少年、明るい髪色の今どきの若者っぽい学生風の青年。健康的な肌色に程よい厚みの胸板の、夏の海のライフセーバー風青年……。
たしかに見目のよい若者が揃っている。
けれど……。
――この中から選ばなきゃダメなの? この中の誰かにヌいてもらうの?
男が好きな訳ではない義松には、いまいちピンとこない。
写真を前に義松がうんうんと悩んでいると店の電話が鳴った。
どうやら今現在、スタッフは受付の男一人だけのようだ。男は「すみません。失礼いたします」と一言断って電話に出る。
「はい……はい、はい、かしこまりました。いえ。……はい、またよろしくお願いいたします」
電話はすぐに終了した。
受話器を置くと、男はにこりと義松に微笑みかけた。
「お決まりになりましたか?」
「あー……いや、まだ。悩んじゃって」
「よろしければ、ご案内できる子が一人増えました。いつも予約でいっぱいになってしまうので、フリーで入ることは難しいんです。たった今予約のキャンセルが出たので、ご案内可能ですがいかがでしょうか?」
「じゃあ、その子でお願いします」
義松は写真も見ずに即決した。
このまま写真を眺め続けていても、埒が明かない。
「コースはお決まりですか」
「えーっと、じゃあ、C? でお願いします」
「オプションはいかがいたしますか」
「あー……よく分からないので、いいです」
「かしこまりました。それではCコース、アオイさんでご案内します」
先に会計を済ませ「オトコノコの準備できましたらお呼び致します。そちらでかけてお待ち下さい」と、カーテンで仕切られた待合室に促される。
実家のウォークインクローゼットほどの広さしかないその待合室には、すでに先客が二人いた。
どちらも四十代か、五十代か……。
年齢が顕著に見た目に現れた二人だった。二人が端と端に座っているので、義松は若干気まずさを感じながらソファの真ん中に腰掛ける。
二人はすぐに受付の男に呼ばれ、店の奥、カーテンの向こう側に消えていった。
「アオイさんでお待ちのお客様」
やがて、義松が呼ばれた。
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