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シン①
「さっきのあれ。よかったのか?」
〝さっきのあれ〟――とは、仲良く連れ立って店を出ていったアオイと〝筧 クン〟のことだ。
女装をしていない麗 こと、本名為永 武士 は、先ほど悲痛な面持ちでその二人を見送っていたシンに畳み掛けた。
いいわけないだろ、とすぐに返したいところだがそれはシンのちっぽけなプライドが許さない。
「別に……いーんじゃねーの」
やっとのことで絞り出したのは、そんな一言だった。
「客と店の外で会うのは自己責任だろ。あいつもガキじゃないんだし……てゆーかあいつほど男を手玉にとるのが上手けりゃ、なーんも心配いらないだろ」
武士は「そうだけど……」と呟く。その顔はまだ何か言いたげだ。
シンは「早く食ったら? 麺伸びるよ」と誤魔化すように促した。
お互いしばらく黙り込んで、無言のうちにラーメンをすする。
シンが餃子の最後の一個を咀嚼していると「やっぱりさ」と湯気で曇ったメガネを拭きながら武士が言った。
「このままは、よくないんじゃない」
「何だよ……しつこいぞ」
「だって、全然よくないって顔してるぞ。お前のそういう強がりで意地っ張りなとこ、可愛いと思うけど今素直にならなかったらこじれていくばっかりだからな」
「……なんでそんな話になるわけ」
「あいつのこと、好きなんだろ」
シンは驚きのあまり、声も出なかった。
自分はそんなにも分かりやすいだろうか。そんなシンの心境を読んでか、武士はくつくつと喉の奥で笑う。
「分かりやすいよ、お前は。まあ、他人からしたらどうか分からないけど」
武士とも、長い付き合いなのだ。
「じゃあ、あいつも……気付いてるかな?」
「さあ。人の気持ちに鈍い奴じゃあないけど、人から好意を向けられることに慣れすぎてるからな」
「なんだそれ、すげーいやな奴」
「そのいやな奴が好きなんだろ?」
そうなんだけど。
アオイは昔から奔放で、つかみ所のない男だ。
「付き合ってるわけじゃないんだろ? セフレか?」
武士の言葉に、シンは息を呑んだ。
「な……んで?」
「……あれで隠してたつもりなのか。ごめん亘 、俺は知ってたよ、二人の関係」
亘 、と呼ばれたシンはキュと唇を噛んで下を向く。
そんな様子に、武士は小さく溜息をついた。
「学生の頃からお前達がそういう関係だってのは、何となく気付いてた。何がどうなってそういう関係になったかまでは知らないけど。……あと、お前の方は本気だってのも」
……〝お前の方は〟か。
シンは無意識にぎゅっと眉根を寄せた。
そんなこと、最初から分かっていた。
恋人なんて必要なくて、色恋にかまけてる時間は一分たりともなくて、働いて働いて、勉強して働いて――。そんな青春時代を共に過ごしてきた。アオイは親友で戦友で、そしてセックスをするお友達でもある。
恋をしているのはシンだけだ。
「あいつが客と付き合うとは思えないけど。でもあの客を気に入っているのは間違いなさそうだ。取られても知らないからな」
「え……やだ」
「だったら行動を起こしたらどうだ? 子どもじゃないんだから、やだやだ言ってないで戦え!」
やたらと焚きつけようとしてくる武士を「他人事だと思って」と、シンは睨みつける。
武士は澄ました顔で眼鏡を押し上げながら「実際他人事だ。だが、大事な友人の事だ。いい加減なことは言ってないぞ」と返され、うっかり目頭が熱くなった。
「相談くらい乗ってやる」
エルミタージュとは違う、男らしい武士に本当は感謝の気持ちでいっぱいのはずなのに、素直になれないシンは「……なんでそんな上からなんだよ」と照れ隠しについ素っ気ない口調になった。
だが付き合いの長い武士は、シンの天邪鬼を気にも留めない。
「そりゃあ、俺が一番経験豊富だからだろ」
武士は三人の中で、唯一恋人がいる。
大学の後輩で、武士の女装趣味も理解した上で付き合っている変わった女だ。女装した武士とデートすることも厭わない、何なら双子コーデで街に山に川に繰り出すツワモノだ。
そんな特殊な恋愛経験を引き合いに出されても、正直困る。
「他人の気持ちに寄り添って歩み寄るっていう点は、どんな相手だって同じだろう?」
……たしかに。
実家を出た高校以来、シンに恋人はいない。
寄り添って歩み寄る……そんな経験はない。
だが、誰かと付き合う、というのはきっとそういうことなんだろう。
「俺もあいつも、そんなこと、したことないよ」
だろうな、と武士は苦笑いを浮かべた。
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