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シン⑤

 何が悲しくて他人のちんこシコんなきゃなんねーの?  しかし(わたる)の抵抗は虚しく、結局望の勢いに乗せられて、週末に二人は揃ってその店(エルミタージュ)に一日体験に来た。  面接は控室にて社長の後藤田(ごとうだ)が二人まとめて担当した。  年齢不詳の後藤田は男ぶりがよく、亘のような若造の目から見ても既製品ではないのは明らかな、ウール混の仕立てのよいジャケットを着こなしている。  しかしそれは面接と呼べるほどのものではなかった。  少し言葉を交わした後、後藤田が「うん、いいね! 二人とも採用!」と言った。  面接の予約をするため電話した際には「お友達同士で応募してくれても、二人とも採用になるとは限らないけど、そこんとこ大丈夫?」と念押しされたが、呆気ないほど二人とも即採用だ。  いっそのこと不採用になりたかった亘だが、もう後戻りはできない。 「もしかして、プレイ中勃っちゃうかもしれないけど、お客さんに触られないように気を付けてね」  ――いや、男相手に勃つわけないだろ……。  亘は絶望的な気持ちになった。  面接の後は主に、仕事の流れの説明を受けた。説明を受ければ受けるほど、亘は今すぐ逃げ出したくなる。 「しつこく触ってこようとする人がいたら、遠慮なくコールして、スタッフ呼んでくれていいから……あ、阿部さーん」  後藤田が呼ぶと、四十代の人の好さそうな男がカーテンの向こうから顔を出した。 「彼、阿部さん。頼りになるおじさんだから安心してね」  阿部は「よろしくおねがいします」とにこりと微笑んで、カーテンの向こうにすぐに引っ込んだ。 「二人とも、お店で名乗る名前はどうする? 本名でもいいけど」 「本名はちょっと……社長が考えてください、ってのはダメですか」 「自分がこれから使う名前なんだから、愛着持てる名前、考えなよ」  にこにことなぜか嬉しそうな社長に突き放され、望はうーんと唸った。 「亘、どうする?」 「……何でもいいよ、もう」 「ん~……あ、じゃあ亘は(シン)で、俺は(アオイ)とか? どう?」  それぞれの苗字から一文字取ったそれに、望は我ながらいい案だと満足そうに笑顔を見せる。「いい名前だね、それ」と社長も頷く。 「あ、ちょうど今お客さん入ったみたいだよ。早速初仕事、頑張ろうね~」 「えっ!? もう!?」  ぎょっとして狼狽える亘とは対照的に「おお、早速~」と、どこか望は楽しそうだ。  ここで望とは離れ離れだ。  それぞれ割り当てられた個室に移動し、貸してもらった服に着替える。  特別変わった服ではない。普通のTシャツに、高校のときのジャージみたいなハーフパンツだ。制服はないが、膝上のハーフパンツもしくはスカートが必須らしい。  準備できたら部屋の内線で受付にコールしてね、と言われていた。  亘は着替えを終え、震える手で内線の受話器を取る。すぐにコールは受付の阿部に繋がった。 「あ、えっと……シンです。準備できました」 「は~い、シンくんCコース、オプション③番お願いしま~す」  震えていたのは手だけではない、客を迎えるために個室を出たが一歩一歩を踏み出す度に膝がガクガク笑う。コワイ。  そんな感情が露骨に表情に出ていたのだろう、阿部がくすっと笑って「大丈夫だよシンくん。このお客さんは、いつも来てくれる常連さんで、優しくしてくれるはずだから。分かんないことがあったらお客さんに聞いても大丈夫だからね」と励まされた。  そうして体験開始から、訳も分からないうちにどんどんと客を宛がわれ、訳も分からないうちにそれをこなしていく。  はじめは恐々(こわごわ)握った他人の勃起ペニスも、段々と感覚が麻痺してきたのか、体験が終わる頃には何の躊躇もなく、ローションに濡れたそれを扱きたて、吐き出した精子を手で受け止めていた。  体験を終えた後は私服に着替え、はじめに面接をした控室に戻ると、そこには既に望がいた。亘と同じく、ぐったりとしている。 「望、大丈夫か?」 「ん~、まあ何とか。未知の世界過ぎてやばい……」  控室のソファに沈む二人に、ひょっこり顔を出した阿部がにこやかに「お疲れ様!」と声を掛けた。 「はい、これ今日のお給料。中ちゃんと確認して、金額が合ってたら、ここ、サインと拇印ちょーだい」 「サインって、本名ですか?」 「ううん、お店の名前。一番下に、サインするところがあるから」  それぞれに茶封筒と、明細と思しき半ぺらの紙を渡される。  明細にはこなしたコースの種類と数、オプション、指名数が明記されており、合計金額が記されている。  金額を見て驚いた。  ――すごい、こんなにもらえるのか……。  キャストに入ってくる金額は、客が店に払うコース料金の半分。  Aコースなら3000円、Cコースなら5000円。  オプションと指名料は丸々キャストに入ってくる。ただし④のコスプレのみ、衣装のクリーニング代などがあるため、バックは500円。  タオルやローション等の使用料が雑費として毎回2000円引かれるが、それでも手元に残るお金はこの数時間で得られたとは思えない金額だ。  亘は「シン」と殴り書きのような字でサインをした。  控室のテーブルの上には朱肉が用意されている。「どの指でもいいよ」と言われ、適当に赤いインクを染みこませた人差し指を、サインの横に押しつけた。 「どうだった? 二人とも。お客さんからも好評だったし、今日だけじゃなくってこのまま続けてくれると嬉しいんだけど」  にこやかな阿部の言葉に、亘は望と顔を見合わせた。  同じくもらった金額に驚いていたらしい望は、目をキラキラさせている。 「続けます」  即答した望に倣って、亘は「俺も」と続けた。  この日エルミタージュのホームページに、新たなキャストの名前が加わった。 * ****** 【CAST PROFILE】 名前………アオイ 年齢………19歳 身長………170㎝ 体重………ヒ・ミ・ツ! 血液型……B型 性感帯……ちくび 得意なプレイ…色々教えて下さい♪♪ 店長からのコメント…大型新人入りました! 切れ長の目がクールビューティ! でも意外に甘えん坊さん? 皆、この子猫ちゃんに振り回されたくなること間違いなし! * 名前………シン  年齢………19歳 身長………170㎝ 体重………ヒ・ミ・ツ! 血液型……O型 性感帯……ヒ・ミ・ツ! 得意なプレイ…まだよく分からないので、優しく教えてください。 店長からのコメント…フレッシュなシャイボーイ入りました! くりっとした印象的な目の、アイドル顔負けのキュート☆ボーイ! だけどまだ擦れていない初々しさの残るシンくんをあなた色に染めて下さい☆

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