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シン⑥
一日体験の帰り道、二人はコンビニに寄りビールを買った。発泡酒やリキュールではない、酒税法上のれっきとしたビールを。
予想通り〝アオイ〟は瞬く間に人気になった。
「なんか、俺向いてるっぽい~。わりと楽しいし」と、あっけらかんとしている望は、店に入って一カ月で指名数がNo.1になった。
アオイほどではないものの〝シン〟も中々人気急上昇中で、ランキングに手が届く月も出てきた。No.3までに入れば、翌月にボーナスがもらえる。アオイのように楽しんで仕事はできないが、そうと聞けばやる気も出てくる。
エルミタージュへの出勤は、週に3回程。
収入はこれまでの3倍になったが二人は相談して、カフェ&バーのバイトは続けることにした。亘はコンビニのバイトを辞め、カフェ&バーのみに絞った。普通の金銭感覚を忘れたくない。……といっても、収入が増えたところで二人の貧乏生活に変化はなく、唯一の贅沢といったら週に一度ビールを楽しむことくらいだ。
これまで通り、授業料と生活費は自身で捻出しなければならない。将来に繰り越す借金は、少しでも少ない方がいい。
生活は変わらず貧乏でも、心にかなり余裕ができた。
だからこそ、女なんてより取り見取りの望に(最近は男も)さっぱり浮いた話のないことが亘は不思議で仕方がない。望ならば特定の彼女を作らなくても、亘のように適当に発散することだって可能なはずなのに。ヘラヘラしていても、元来真面目な性格の望はいい加減な付き合いはできないのだろうか。
亘はと言うと、コンビニバイトは辞めたが、例の先輩とのふしだらなお付き合いは続いていた。
最近、彼女はバイト終わりにスーパーに寄って夕食を作ってくれる。
その日も――望と〝鍋〟と呼んでいる、もやしとえのきだけの水炊きとは違う、白菜も、つみれも、白滝も、ネギも入った具だくさんの――〝鍋〟を二人でつついた後、シャワーも浴びずにそのままベッドに沈み込んだ。
何もかも、順調なはずだった。
安定して収入が得られるようになり、気持ちに余裕ができると、勉強にも集中できた。セックスしたいときにセックスできる都合のいい相手もおり、まさに充実している。
大学生というモラトリアムを、この刹那を、十分に満喫できている。
ところが――。
亘のぱっちり二重はややつり目がちで、気が強そうな印象を与える。
しかし困ったことに、見た目の割にとても繊細だったらしい。
いくら金のためとは言え、男のナニ をアレ するなんて、ずっと平気なふりをして続けてきたが、その我慢はストレスとなり、そのストレスは思わぬ形となって体に変調をきたした。
「ごめん……疲れてんのかも……」
彼女は不満そうな顔を隠しもせず、びくともしない亘の息子を軽蔑するように一瞥した後、さっさと服を着た。
「ほんとごめん」
玄関ドアまで見送ったが、彼女は怒っているのか呆れているのか。大袈裟なほど大きく溜息をついてみせると、何も言わずに帰っていった。
気まずいのは、彼女と丁度すれ違うように望がアパートの階段を上ってきたことだ。
「あれ、今の子……?」
あからさまに目を逸らした亘に、望はにやにやと笑う。
「もうお帰りなの? めずらしい。あ、もしかしてフラれちった?」
しかし今の亘に、冗談で返せる余裕はない。
この年にして勃たなくなるなんて。まだ、ティーンなのに!
それは想像以上に辛い出来事だった。
「うるせー」と素っ気なく突き放すように言い放った後、亘はさっさと部屋に引っ込んだ。
「ちょちょ、亘ちゃん待ちなさいよ」
しかし閉めようとしたアパートの扉を、望は足で止め無理やり部屋の中に入ってきた。
「……んだよ、入ってくるなよ」
「だって、亘の様子がおかしいから。どうしたん? 何かあった?」
それでも口を開かないでいると、望は亘の頭をくしゃっと撫で「分かった。無理に聞いたりしない」と言った。
それから手に提げていたスーパーの袋を掲げて見せる。
中身はビールだ。
「飲もーぜ。女連れ込んでる亘にはやんねーって思ってたけど、仕方ない。フラれんぼの亘クンには恵んであげよう」
「……だから別にフラれたわけじゃねーって」
「ふぅん?」
望は小首を傾げ、にやにやと笑う。
だがその目は優しい。
この男はいつもそうだ。人の感情に敏感で、とても優しい。だから亘は望のことが大好きだ。
大して酒に強くない亘は、缶ビール一本で口が軽くなり、さっきの出来事をすっかり望に話してしまった。
と、言うより本当は、最初から話を聞いて欲しかったのかも知れない。
「勃たなかった?」
望は切れ長の目を真ん丸にして、驚いている。
てっきり茶化されるとばかり思っていたが、望はとても真剣な顔で亘を励ました。
「大丈夫だって若いんだし。気にし過ぎもよくないって言うだろ。一時的なモンだって」
それでも亘は気分が晴れない。
そんな友人の様子に、望はしばらく逡巡したのち、にやりと悪い顔で笑った。
「ねえ……じゃあさ、試させてよ」
「は? 何を?」
望は怪訝な顔をする亘に、スーパーの袋に一緒に入っていた〝ソレ〟を「じゃ~ん」と楽しそうに取り出して見せる。
「さっき100均で買ってきたの~。今日客に頼まれてさ、別料金くれるんだったらいいよって言っちゃったんだよね~」
三つセットになった〝ソレ〟を袋から取り出し、望は利き手の中指にはめた。
「男のケツなんていじったことないからさ、勉強しなきゃじゃん? だからさ、亘、丁度いいし、練習させて?」
さもなんてことないような口ぶりで、望はソレ――指サックをはめた手で、にこにこしながら亘のスエットのズボンに手をかけた。
「いやいやいや、待て待て待て! 何でそうなるの!?」
「だって、勃起しないんでしょ? 前立腺マッサージがいいって言うじゃん。亘はインポの治療、俺は練習できて一石二鳥。いや、亘がこれで気持ちよくなれたら三鳥?」
「全然ない。一鳥すらない」
「亘だってずっと勃たなかったら嫌でしょ? 病院行くようなお金も勇気もないでしょ?」
たしかにそうだ。
もちろん金の問題もあるが、この年で勃起不全で病院になんてかかりたくない。
「だったら、ね?」
望が小首を傾げ、にっこり笑う。
この男、本当にずるい。
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