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筧 義松Ⅲ④

「ひぃ……アッアッアッ……! だ、だめ、だめ、あっ、アオイさん、だめっ、溶けちゃう……ッ、血管切れちゃうよぉ……!」  びくんびくんと腰が跳ねまわる。  アオイは義松と並んで横になり、太腿から深く脚を絡ませ、跳ねる義松の体を抑え込んでいた。  義松の慎ましやかなサイズのペニスは、今まさに逮捕されていた。  おもちゃの手錠は片側は金属製。  そのチェーンの先には、キーホルダーのように手錠を模したカラーリングの――シリコン素材のコックリングだ。  さっきアオイが綺麗に拭ってくれたはずのペニスは、再びローションでとろとろにされている。すけべなミニスカポリスに、義松のペニスはしっかりと根元を捕らえられ、ふるふると震えながらもしっかりと起立していた。 「これ、粗チン用じゃないからキミにはちょっと大きいかな? 緩くない?」  緩くない。全然緩くない。  たしかに義松の仮性包茎ペニスは、日本人の平均サイズよりもずっとずっと小さい。  しかしみっちりと根元を締め付けるそれは、その役割を存分に果たしている。通常サイズの勃起ペニスにこれを装着したら、一体どんな苦しみを味わされるのだろうか。 「あぅ、あぅ、ああッ、お願い……許して、アオイさぁん……」  ちゅこちゅこといやらしい音を立てながら、義松に添い寝状態のアオイはふふふっと楽しそうに微笑んだ。  達したあと、まだいくらも経っていない。  敏感が極限まで達した義松は、今にも気絶しそうなほどの快楽に襲われている。その快楽を堰き止める手錠……を模したコックリング。  イけそうなのにイけない。  もどかしくてもどかしくて、身を捩って腰を振り立てると、義松の下半身を押さえつけていたアオイの脚にぐっと力が入った。 「筧クン、声おっきい。これじゃあ廊下にも隣にも丸聞こえだよ?」  隣でアオイがくつくつと笑っているが、今の義松には羞恥心よりもこの責め苦から解放されることしか頭になかった。 「あう、うっ、アオイさぁん……お願い、イかせてッ! イかせて!」  とうとうはらはらと涙を流しながら懇願する義松に、アオイはうっとりとした表情で微笑んだ。 「筧クン、可愛い……いいよ、イかせてあげるね?」  微笑んだアオイは、ポロポロ零れる涙を拭うように義松の目尻にちゅう、と吸い付くように口づけた。  今のって、キス?  しかし絶え間なく攻め寄せる快感に、義松の頭の中は真っ白だ。今感じた唇の感触について考える余裕もない。  疑問を口にしようにも、口を開けばひっきりなしに喘がされる。 「やっ、あぅ、うぅ~やだっ、これっ、外してぇ……イけな、あんんッ!」 「可愛い……筧クン。大丈夫。〝コレ〟、つけててもちゃ~んとイけるから、ね?」  耳元でアオイが囁く。 「持参するお客さんもいるんだよ。コレでぐっと根元締めるとね、二回目でも三回目でもビンッビンに硬くなるの。筧クンのもすっごく硬いよ。ちっちゃいのにカチカチで可愛い……だからね、安心してイっていいんだよ?」  アオイの言葉のほとんどは、目の前の快楽で頭が真っ白の義松には理解できなかった。  ちゅ、ちゅ、と目尻や頬を吸っていたアオイの唇が徐々におりてきて、つんつんと尖った義松の胸の突起をちうっ、と強く吸う。  その瞬間、稲妻に打たれたかのような衝撃が全身に走る。義松は叫んだ。 「ぐっ、あッ! い、イぐッ……! あ、あああッ!」  ビューッ、ビューッと、一度目二度目より薄い精子を、一度目二度目より勢いよく放つ。 「あぅ、あ、う……」  ガクガク震えながら放心状態の義松を、アオイはぎゅっと抱き締めた。 「上手にイけたね? 可愛い……」  何を言っているんだ、可愛いのはアオイのほうだ。  荒い呼吸の合間に、それを言葉にしようと口を開く。  しかし喘ぎ過ぎた義松の口はひどく乾いていて、開いた瞬間、唇が切れるようなピリリととした刺激が走った。  結局音となったのは、あぅあぅという呻き声だけだ。  アオイは自身の着衣の乱れを直すと、ペニスからコックリングを外し、ぐったりと動かない義松の体を手早く綺麗に拭いてくれた。 「お茶持ってくる、ちょっと待ってね」  パタンと扉が閉まり、静かな部屋に取り残されると、真っ白だった頭の中にようやく情報が流れ込んでくる。このまま眠ってしまいたいほどの倦怠感と快楽の名残を感じながらも、義松はよろよろと起き上がった。  動いた拍子に、尿道に残っていた精子がトロリと溢れる。  ウエットティッシュで敏感な先端から溢れたそれを、慎重にちょんちょんと優しく拭っていると……今更ながら、恥ずかしくなってきた。  相当大きな声で喘ぎ、叫んだ。  廊下や隣の部屋どころか店中に聞こえていたかもしれない。店の出入り口は一つしかない。帰り道、どうしたって店のボーイと顔を合わせる。  受付にいるのは加藤だろうか、阿部だろうか。どちらにしたって気まずいことに変わりはない。 「おまたせ」  パンツを穿こうと手を伸ばしたとき、不意に扉が開く。  紙コップを持ったアオイが部屋に戻ってきた。 「はいお茶」 「あ、どうも……」  喘ぎまくったせいで喉がカラカラだった。  より小さくなったペニスがぷるんと揺れると、コップを差し出そうとしていたアオイの視線が〝それ〟に注がれる。赤面した義松は慌ててパンツをはき、受け取った紙コップの中身を一気に飲み干した。 「もう一杯持ってこようか?」 「いや……大丈夫です」  濡れた口元を手の甲で雑に拭う。声はまだ掠れていた。  空の紙コップを受け取りながら「そう?」とアオイが小首を傾げて意味深に微笑んだ。そんな様子まで可愛いなんて、どこまで罪な男なのだろう。 「な、今日どこ行くか決めた?」 「……えっ?」  アオイの顔に見惚れていたせいで反応が遅れた。  目の前には頬をぷっくと膨らませたアオイが、わざとらしいが大変可愛らしく拗ねている。恐ろしく可愛い。 「なんだよ、今日は肉の日じゃないの? ……その気だったのは俺だけ?」 「えっ、あ、いや! あの! 違います! その気です! 俺もめちゃくちゃその気で来ました!」  しどろもどろに答えると、アオイは満足そうにふふんと笑った。  〝スマートにさりげなく〟……脳内で何度もこの後アオイを誘う様子をシミュレーションしたというのに。結局こうなるのか。かっこ悪いったらない。  だが、アオイと今日もアフター(と、言っていいのかは分からないが)だ。結果オーライとはこういうことだろう。  第一、アオイの前で格好がつかないのは、残念ながら今にはじまった話ではないのだ。 「はい、今日もありがとうございました」  義松が着替えている間に、アオイは上機嫌でいつものように名刺をサラサラと書いて義松に渡した。アオイ直筆のメッセージ入りの名刺は、今日の分で四枚目だ。名刺は五枚集めると指名料が〝無料(タダ)〟になるというシステムがあるが、アオイの直筆のメッセージ入りのこのカードは、もったいなくて使えそうもない。義松はそれを大事に大事に財布の中にしまった。 「忘れモンない? また十五分くらいで店出るからさ、待っててよ」 「は、はいっ。分かりましたっ」 「ついでに店も探しといて?」 「あ、何系がいいですか? 焼肉ですか?」 「美味い肉とビールがあれば何でも。筧クンのセンスにすべて任せた」  小首を傾げ「期待してるね」と微笑んだアオイに、それは営業用の顔だと分かっていても、義松はトキメキを禁じ得ない。  だが与えられた任務の責任は重大だ。  まさか店が気に入らないから帰る、なんてことはないだろうが、ひょっとしたら次はないかもしれない。  お陰様で、義松のお帰りを満面の笑顔で見送った加藤に、気まずさを覚える余裕もなかった。

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