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筧 義松Ⅲ⑦

 しかしアオイが突然しゃがみこんだので義松は狼狽えた。 「えっ、ど、どうしたんですかっ!?」  やはり気分が悪くなってしまったのだろうか。  しかしアオイはむんずと義松の下着に手をかけると、勢いよくそれをずり下げた。元気に育った義松の粗末なる息子がぷるんと勢いよく飛び出す。  そして、アオイは何の躊躇いもなくその美しい唇を……。 「あ……っ!」  頭の中が真っ白になった。  アオイの柔らかな唇が、皮からちょこんと控えめに顔を出した亀頭に優しく触れる。それだけで思わず達してしまいそうな程の興奮と快感を覚え、義松は腰を震わせた。その反応に気を良くしたのか、アオイはにんまりと笑う。そして今度はわざと見せつけるように赤い舌をチラつかせ、ペロペロと舌を這わせた。  ――何に? 俺のちんこに……! 「あ……そんな……ダメです、アオイさん」  ダメですと言いつつ、アオイから目が離せない。  アオイが、あのアオイが……散々粗品と馬鹿にしていた義松のペニスを咥えている。  まさかこれは夢ではないだろうか。ちょっとワインが過ぎたのかもしれない……きっと俺はトイレに立ってそのまま、個室で寝こけているのだ。きっとそうだ。アオイのことが好き過ぎるゆえに見た都合のよい夢なのだ――なんて、そんなワケはない。  義松は食い入るようにアオイを見つめた。本物のアオイだ。  堪らなくなって手を伸ばすと、そっと髪に触れさらりと撫でてみる。柔らかな髪、そして滑らかな頬。徐々に欲望を孕んだ指先でなぞってゆくと、アオイがくすぐったそうに笑った。  しかしくすぐったそうに笑った愛らしい表情は、次の瞬間には艶やかでいて挑発的な目つきに変わっていた。義松は思わずギクリとする。  アオイは次第に大胆になっていった。器用に唇で皮を剥かれ、剥き出しになった敏感な先端をジュッと強く吸われる。 「あうっ……!」  びっくん、と大袈裟なほど腰が跳ね上がり、義松は堪らず吐精した。  店であれだけアオイに扱き倒され、出し尽くした後だ。発射された精子はそう多くない。しかしその精子は今アオイの口の中。  アオイの口の中に、義松は射精してしまったのだ。  快楽と歓喜、羞恥と絶望に義松は愕然とした。  しかし思い悩む間もなく、射精したばかりのペニスを激しく吸い上げられると、次の瞬間には仰け反り呻き声を上げていた。 「あっあっあっ……!」  ビクビクと痙攣したように、義松は大きな体を震わせる。  そんな義松にはお構いなしに最後の一滴まで搾り取るようにペニスをすすると、ようやくアオイは満足したように唇を離す。  アオイの白い喉がこくん、と動いた。 「のっ……! 飲んだんですか……っ?」 「流石に薄いな」  唇の端をペロリと舐め上げながら、アオイがにやと笑う。 「う、うう~……」 「泣くなよ、俺がいじめたみたいだろ? それとも泣くほどよかった?」  嬉しいやら恥ずかしいやら居た堪れないやら、だ……が、確かによかった。死ぬほどよかった。  アオイは義松の股の前に跪いたまま、顔を真っ赤にしてポロポロ涙を流す義松を笑う。  そのとき、コンコン、とトイレの扉が控えめに叩かれた。 「お客様、大丈夫ですか?」  義松はギクリとした。ノック同様、控えめに掛けられた声は店員のものだ。  荷物が放置されたままの空の席を不審に思ったか、それとも男二人が個室に篭って出てこないと他の客から通報されたか。 「え……っ、えっと……」  わたわたと焦る義松とは対照的に、アオイは顔色一つ変えず「すみません~すぐ出ます~」と店員に返事をする。立ち上がり手早く義松の着衣を整えると「アンタ、今から酔っ払い役ね」と宣言した。 「ほら、腕貸せ。俺に寄っかかって」 「えっ、えっ?」 「アンタ、嘘とかつけないタイプだろ。酔ったフリして黙って下向いてなよ」  戸惑う義松をよそに、勝手に義松の腕を取るとアオイは担ぐように自分の肩に回す。そして鍵を外すと扉を開けた。 「すみません、ちょっと飲み過ぎちゃったみたいで……あ、安心してください、トイレは汚してないので」  トイレの前に立っていたのは若い男性店員で、半ば担ぐように支えられている義松の顔を見てハッとする。真っ赤な顔を、涙でぐしゃぐしゃにして呆けている義松の様子では、さぞ信憑性があっただろう。ようやく状況を理解した義松は、突然羞恥心が追いついてきた。いたたまれなくなってさっと俯く。 「だ、大丈夫ですか? 今お水お持ちします!」 「あ、大丈夫。出したらスッキリしたみたいだから」  絶妙に真実を告げている。すごい。 「それよりお会計お願いしてもいいですか? あと、タクシーも」 「かしこまりました!」  素直にアオイの言葉を信じたらしい店員は、慌ててレジまで駆けていく。  俯いたままでアオイの様子は伺えないが、悪い笑みを浮かべている様が想像に易い。義松はぐったりとアオイに寄りかかったまま、恐ろしい人だと改めて思った。  酔っぱらいのフリをしたままアオイに支えられ、二人はレジに向かった。アオイの体温を感じる。恋しい相手の匂いと温もりに、刹那的でも多幸感を感じずにはいられない。  うっとりとアオイに寄りかかっていた義松だが、義松を支えながら片手で財布を取り出すアオイの姿を見てたちまち目が覚めた。 「ア、アオイさん……っ! ダメです、ここは俺が出します! そういう約束だったでしょう!」  しかしアオイはふんと鼻で笑って「いいから酔っぱらいは大人しくしてろ」と、頭を小突かれてしまった。スタッフの視線が生暖かい。この手の酔っぱらいの応酬は見慣れているのだろう。  結局会計はアオイが済ませ、片手で義松の分の上着まで受け取ると店を出た。  店の前には既にタクシーが待っていた。  終電まではまだ余裕があったが、義松はアオイに押し込まれるようにしてタクシーに乗り込んだ。 「とりあえず、豊洲方面で」  パタンとタクシーの扉が閉まると同時に、後から乗り込んできたアオイが言った。  押し込められて座席に転がった義松は、思わずアオイを仰ぎ見る。これと言った特徴のない五十代くらいの運転手がはーい、と気のない返事をした後、タクシーはゆっくりと発車する。  アオイは義松を見下ろし「もうちょっと付き合ってよ」とにっこり笑った。  義松は座席にようやくまっすぐ座り直すと、視線を彷徨わせながら「いいですけど、でも、付き合うって……?」とたずねる。 「俺ン家。明日も休みだろ?」 「休みですけど……え、アオイさんの、家……?」  それはあまりにも予想外だ。  アオイは――さっきまで焼き鳥屋のトイレの個室で、義松のペニスを咥えていた――唇をにやりと歪ませて笑った。 「うん、そう。俺ン家」  義松はもう、アオイのことを直視できなかった。さっきまで本当に……都合のいい妄想なんかではなく……本当にこの人が義松のペニスを咥えていたのだ。  その時の感触を思い出し、性懲りもなく股間がずくんと熱くなる。 流石に今日はもう勃起はしないだろうと思われたが、驚いたことに僅かに兆している。  アオイの手がするりと伸びてきて、座席のシート上の義松の掌を握った。思わずぎくりと肩が揺れる。〝あんなこと〟をした後に、一体どんな顔をして手なんて握ってくるのか。気にはなったが、アオイの顔を直視するなんて、今の義松にはとてもじゃないが無理だ。そんな義松の様子を、フッとアオイが笑った気配がする。  アオイの手は熱かった。  しかしそれ以上に義松の手が熱かった。

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