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第3話
「父さんが倒れたって……」
いつもの日常ががらがらと壊れていく。帰宅早々、玄関のドアを開けてすぐのことだった。あまりにも衝撃的な一言が頭上から落ちてくる。弟の後ろで母さんは泣いていた。
三年振りだ。三年振りに弟が俺に話しかけた言葉がそれだった。あんまりじゃないか、こんなの。
あの日以来、弟は俺を避けるようになった。それは徹底していて、学校だけじゃなく家の中でもだった。両親はかなり心配していたけど、所謂思春期だったこともあって、ただの反抗だと思ったらしい。俺にべったりだったその反動だなと、時折俺の肩を叩くだけだった。深入りしてこないのは有り難かったけど、俺にはとても反抗期だったとは思えなかった。あの日、確かに冷たい視線と言葉を浴びた。俺のせいではないけれど、でも俺が悪い。双子の片割れ失って辛い日々は地獄のようだった。
そんな三年が、こんな形で終わりを迎えるだなんて。しかもその内容がとても喜べるものじゃなく俺の頭も真っ白にしていく。あの父さんが? 強くて真っ直ぐで楽しい、皆に好かれるような父さんが?
最近家にいることが少なくなったとは思っていた。いや、俺がΩと診断されたあのあたりからか? でも体を壊すほど働きづめだったなんて。驚きで玄関の三和土にかばんが力なく落ちる。震える足が当たってごろりと倒れたそれを拾ったのは弟だった。
「病院、行くよ」
冷たさはちっとも変わってなかった。それでも、少しだけ瞳が揺れたことを俺は見逃さなかった。こいつだって俺と同じ年、まだ十八でもうすぐ卒業の高校生だ。父親が倒れたと聞いて動揺しないはずがなかった。母さんと弟も靴を履いて三人で家を出る。鍵を握っていた俺が戸締りをすることになって空っぽの家に向き直る。急がなきゃ、そう思うのに手が震えて、鍵穴にうまくささらない。ガチガチと鍵と鍵穴がぶつかる音が耳につく。くそ、急いでるのに情けない。舌を打つとそっと温かい手のひらが重なった。母さんのものとは違う、ごつごつとした大きな手は弟のものだった。まるで何も知らない子供に鍵のかけ方を教えるみたいに、丁寧に手つき。優しくふんわりと包まれた俺の手は、そこでようやく震えが収まった。少しの差であれど長男の俺がしっかりしなきゃいけないのに、情けない。弟も不安なんだからと気合いを入れる、俺が動揺してどうする。
少しだけ触れた手、言葉を交わすのだって三年振りだ。勿論何かが触れ合うのも。手、だけ。それだけでも、たったそれだけでも心が温かくなった。こういうところは双子だなって思う。普通の兄弟ならきっと思わなかっただろう。
父さんの一大事だってのに少しだけ嬉しくなった顔を隠すためにぐっと下を向く。そしてそのまま何食わぬ顔をして弟の手を握って母さんの運転する車に乗り込んだ。
車の中でも繋いだ手は離さなかった。と、いうより離せなかった。乗り込んで流れていく夜の街を見ているとだんだんと現実味を帯びてきて怖くなった。父さんがいなくなったらどうしよう。じわりじわりと恐怖が俺を包む。父さんがいなくなるかもしれないなんて、考えたことなかった。
「……大丈夫」
弟の優しい声に返事の代わりに手を握り返す。弟が手を離さないでいてくれることが嬉しかった。
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