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第6話

 二人で歩く病院廊下は妙に静かなのに耳が痛い。薄暗い廊下は、そこの見えない真っ黒な沼へと続いているようで足が竦む。それでも、俺は弟に縋りついて両親の待つ病室へ戻るしかなかった。  病室に戻ってもも家に戻ってからも、俺たちはずっと黙っていた。俺は何を言えばいいのかわからなかったし、弟は俺と口もききたくないんだろう。優しかった時間はとっくに終わって元通りになっていた。  泣き腫らして真っ赤な目をした母さんは、俺たちを家に置いてまたすぐ病院に戻るらしい。長期の入院は決定らしい、荷物を詰めている間もずっと泣いていた。  家には俺と弟の二人だけ。飯を食う気もおきない、それを確認する余裕すらない。母さんはダイニングテーブルにお金を置いていくと声をかけていってくれたけど、聞こえないふりをして自室に直行した。  スウェットに着替えてベッドに潜り込む。ぐしゃぐしゃに丸まった制服は見ないことにした。ハンガーを取る力なんて残ってない。息を大きく吐いたら体から力が抜けていく。堪えていた涙が出てぽろぽろとシーツに転がり落ちた。  どうしたらいいんだろう。  布団に包まってずっと泣いていた。それがどれだけの時間だったのかはわからない。俺の部屋のドアが急にばたんと開いてその勢いのまま閉まった。大きな音に驚いて布団から顔を出すと、目の前に立っていたのはパンツ一枚の弟だった。 「ど、どした?!」 「今時処女なんて面倒で売れないだろうから、俺が先に抱いてやろうと思って」  真っ暗な部屋で弟がどんな顔をしているかはわからない。わからないのに、声音が冷たいせいで怒ってるのはわかる。怒ってるのに、ものすごく楽しんでるのもわかってしまった。  布団がはぎとられる。スウェットに着替えてたせいであっという間にズボンと下着も脱がされた。驚いて、声も出ない俺を弟が鼻で笑った。 「少しは抵抗したら?」 「……どうせβのお前にできっこないのわかってるから、好きにさせてるだけ」  あの可愛かった弟が俺を抱く? そんなバカな。俺と違ってモテる弟がわざわざ憎い実の兄を犯す理由なんてないじゃないか。  弟から、何も感じない。わかるのは怒ってるのと楽しんでることだけで、αらしきものは何も感じない。少なくとも番にされることはない。怒りに任せての行動だってわかってしまえば、抵抗して殴られることが無駄に思えた。

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