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第8話

 家には誰もいない。  誰も助けには来ない現実と、両親がいなくてよかったと思う自分がいる。こんなところ見られたくない。家族を壊した俺が優秀な弟まで壊したとなれば、きっと両親だって黙ってないだろう。  ……今は俺を気遣ってくれているけれど、俺を排除しようとするかもしれない。弟のように、無いもの扱いを始めるかもしれない。そうしたら、俺はどうしたらいいんだろう。  何のために、体を売ればいい? 「やめっろ、って……! っわかったっ、から、な?」 「何言ってんの、Ωのくせに。なんもわかってねえだろが。弟に犯されかけてんのに喜んでるΩに、何がわかんだよ!」 「……ッ!」  覆いかぶさっていた弟の体がふらりと持ち上がったと思ったら勢いよく拳が降ってきた。殴られると、咄嗟に目は瞑ったものの突然のこと過ぎて体は動かなかった。ドスンと顔のすぐ横に拳が落ちたのをベッドが揺れたことで知る。その後もどれだけ待っても痛みはやってこず、弟は俺の顔の横を殴り続けた。  視線はどこも見ていない。俺のことも、見ちゃいない。 「俺より頭のいいお前が、処女Ωは売れないっつんなら……そこはまあ、なんとかする。ちゃんと家に金が入るように……」 「……てめえ、ふざけんなよっ! 何もわかってねえじゃねえか!」 「わかんねえよ、何年も無いもの扱いされて……やっと口きいてくれたと思ったらこんなことんなって、俺だってわかんねえよ、わかんないなりに考えてるけど、でもっ! こんなんで、何わかれってんだよ……」  ベッドを殴り続ける手が止まり、俺の顔を勢いよく掴んだ。恐怖を感じてもいい場面で俺は、手まで俺より大きくなったんだなと、成長を感じた。きっとこういうのが、弟をイライラさせる原因なんだろう。  抵抗なんてしてないのに、ぎりぎりと力の強くなっていく指は先が顔に食い込んでいく。ずっと外されてた視線がばちりと合う。弟の目は怒りと憎しみでだろう、真っ赤に染まっていた。  生まれてからずっと一緒にいたけれど、こんなにも怒った顔は初めて見た。無いもの扱い俺にだけ無表情の弟はどこにもいなかった。  目の前の弟は完全な怒りに支配された顔をしている。フーフーと荒い息が顔にかかる。至近距離で睨まれているのに、不思議と恐怖は感じなかった。食い込む指が爪が痛いなとか、双子なのに似てないなとか、そんなことばかりが頭の中に浮かぶ。 「馬鹿なΩは理解なんてしなくていい、とにかくヤっから」 「ん゛、んっいた、いたいっ、あ……っあ、や、め……んっ」 「ふっ、やだって言いつつ声甘くなってる。抵抗も口だけ、所詮Ωだな……」  弟の言う通りだった。  俺は汚らわしいのかもしれない。  俺の意思とは関係なく、Ωの体は抱かれるように出来ている。それが例え実の弟でも、だ。  触れる弟の中心は俺を組み敷いてるってのに、硬くなっていた。本当に俺を犯す気なんだ……急に現実みが増して恐怖に体が震える。  笑えることに、弟に抱かれることが怖いんじゃなかった。今日が終わったあと、家族の為に弟とは違う人間とセックスをしなきゃいけないことが、怖かった。  所詮Ωだな、なんて見下されても弟を殴れない自分が悔しい。悔しいけれど、自分を組み敷いてるのが弟でよかったと思う自分もいる。  俺の手は小さく震え続けている。怖くなって弟へ手を伸ばす。  怖い? 弟が?  違う……俺だって、家族の為とはいえ見ず知らずの他人に捧げるよりは、昔から大好きだった魂の片割れに奪われる方がいい。男の処女なんて、大切に守るようなものじゃなくても、赤の他人知りもしない誰かよりは目の前の弟に怒りをぶつけられて犯された方がマシかもしれない。  そうか。弟がこんなことで俺を見てくれるのなら、安いもんじゃないか。  もうあの暗い毎日には戻りたくなかった。

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