3 / 6

第3話

 軽井圭助(かるいけいすけ)は俺が初めて好きになった相手だった。小学生の時、祖母に育てられていると言うだけで、軽いいじめを受けていた俺を、遊びやら、駄菓子屋での買い食いなど誘ってくれて、みんなの輪に入れてくれたのが圭助だった。  その時はただの憧れだったが、中学2年の時に、俺は運動場のトラックを走っていたら転けて、両足と手の平から血が出た。うまく歩けなくて、保健委員だった圭助が俺に肩をかけて保健室に連れていってくれた。  小学校の時はよく肩を組んだりしていたが、中学校に上がってからは殆どなくなり、長時間触れ合ったのは久しぶりだった。 俺はその時感じた胸の高鳴りも顔が熱くなっていくのも怪我のせいにしていた。恋とは自覚がないままだったが、それからは無意識に圭助と距離を取るようになってしまい、高校が別になると疎遠になっていた。    高校、大学でも胸が高まるのは男性ばかりで、俺はゲイと言われる分類なのだと気づいた。  今更初恋の相手と会い、心の中が少しうるさくなる。 「俺は隣の空き店舗でケーキ屋をすることにしたんだよ。だから商店街の人に挨拶回り。」  圭助が右側を指差しながら答える。確かに右側は1年前に空き店舗になっていた。 「お前がケーキ屋?正気か?」  こんなゴリラみたいな見た目で可愛いケーキ屋を売るのか。どっちかと言うと居酒屋とかの方が似合う。 「おい失礼だな!一度食ってみろ。美味いぞ。」 「すっげぇ自画自賛。」 「馬鹿。美味いと思えるやつ商品として出さなきゃ逆に失礼だろ。」 「…確かに。」  10年来に会ったとは思えないほど、軽口をたたける。 「春のばあちゃん亡くなったのは知ってたけど、まさかお前が傘屋継いでるとは思わなかったよ。」 「……ばあちゃんの大切な店だったから。」  圭助は少し目を見開き、「そういうとこお前らしいな。」と微笑んだ。 「どういう意味だ。」 「ばあちゃんっ子だなぁって意味。」 「うざい。」 「おい、辛辣だなー。家族思いなのはいい事じゃないか。」  家族思い…。家族の縁が薄いのを必死に繋いでいるだけだ。 「…ばあちゃんしか知らないけどな。」 「ばぁか。それでもすげぇよ。」  ぽんぽんと頭を撫でてくる。昔から思った事をそのまま言葉にしているような奴だけど、嫌味もなく、そのまま心に響くのが困りものだ。   「…圭助は地元いつ戻ってきてたの?」 「俺?こっちで店やる為にちょっと前に戻ってきたよ。それまでは色んなところでケーキ修行してた。」 「…へぇ。」  そうなのか。ここで店をやると言うことは、関わりが増えていくことになる。甘い希望とコーヒーのように苦い現実が渦巻く。    がららと再度扉を開く音が聞こえた。 「あら。珍しい。若いお客さんね。」  ツネ婆さんがきた。梔子(くちなし)色の傘を傘立てに直し、もう一つ持っていた紺色の傘を持ち、2人の前へ来た。 「こんにちは。」 「あら、こんにちは。イケメンねぇ。」 「ツネさん。この人軽井さんちの息子だよ。」 「軽井さんちの?あら、こっち戻ってきたの?」 「隣でケーキ屋やります。是非来てください。」  あら、そうなの、とツネさんと圭助はその後も少し話した。 「じゃあ俺お暇するな。また今度。」  いつ会話の間に入ろうかあぐねていたら、圭助が扉を開けて去っていく。人との会話に入るのは苦手なのでほっとした。    これからの事を考えると憂鬱になる。梅雨の時期は俺の気持ちを乱すことが何でこんなに多いのだろう。 「これ旦那のなんだけど、上の方が折れちゃって…」  今は深く考えなくていいように仕事に集中しよう。傘を使う頻度が増えるこの時期は年間で一番の忙しさだ。 「はい、詳しく見てみますね。」  傘を受け取り、ゆっくりと開いた。

ともだちにシェアしよう!