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第4話
「…うま。」
「だろー。ほらもっと食え食え。」
圭助と会って一週間とちょっと。空き店舗の改装工事が始まり、時々ガタガタと大きな音が日中は聞こえるようになった。それと共に圭助は改装中のお店へ足を運び、ついでに俺の傘屋に寄って行くのが毎日の流れになった。
今日はフィナンシェだった。昨日はザッハトルテ。毎日毎日甘いものを作ってきて、俺が日本茶を入れて、店の奥の座敷で食べている。
「こうした方がいいとかってある?」
「……俺は上に乗ってるアーモンドはスライスよりも粗めに砕いたのを乗せてる方が好き。あとピスタチオとか。」
「そうなん?何で?」
「スライスアーモンドが油か何かをじとっと吸って、噛んだ時に少し滲んでくる感触が嫌い。あとアーモンドだけ口に残る。」
「あーなるほどね。それは嫌かも。ちょっと作ってみようかな。」
ケーキや菓子の専門家でもないのに、俺の意見をいつも聞いて、少し時間を置いて反映したお菓子を持ってくることもあった。俺の好みに合わせんなよとつっこむと、「俺がいいって思ったから改善したんだよ。嫌なら変えないさ。」と言って、俺を嬉しくさせる圭助に心中穏やかではなかった。
食べるか迷ったが、美味しそうなバターの匂いには勝てず2つめのフィナンシェに手を伸ばした。
「もう作ってくんなよ。」
咀嚼しながらぽつりと呟く。
「え、何で?食ってくれてるじゃん。」
「…お前のせいで太りそう。」
「そんなひょろひょろならもう少し太ったがいいんじゃないか?」
「うるせぇゴリラ。」
「おいおい、何でゴリラなんだ。」
「…鏡見ろよ。」
「春〜!」
こめかみを中指を少し立てた拳でぐりぐりとされる。痛い、やめろと叫ぶが、力は加減してあったので、ふふっと笑いながら返した。
ケーキやお菓子も毎日持ってきてもらうのも嫌なわけがない。
太るのは困るが、好きだった人の手作りなのだから嬉しいに決まっている。
しかし作ってここに訪れてくれる行為は淡い期待が積もり、いつ終わりがくるのだろうと怖いのもあった。
「あのな〜、春のとこ来るのは今の俺の癒しなんだよ。」
笑いが落ち着いた後、圭助が身体を後ろに反り、天井を見ながら言った。
「…俺、塩対応しかしてないけど?」
「それは間違いない。」
「あ?」
「でもそれが落ち着くんだよな。変な気張らなくていいし。」
「お前が気張ってんのとか見たことないんだけど。」
「ばぁか。結構してるって。特に客商売なんだから。」
「……そうなのか。気づかなかったわ。」
「まぁお前の前じゃ気使ってないけどな。だからつい来ちまうんだよ。」
「…なんだそれ」
あまり顔には出さなかったが、胸が大きく高鳴る。駄目だ、駄目だ。勘違いだ。仕事の事を考えろ。
「ええー。結構思いきって言ったのに。わぁ嬉しい!とか言ってよー。」
「わぁー嬉しい〜」
「なんて嬉しくなさそうな返事!」
そんな事を言いながら、圭助がすごくいい笑顔で笑った。
そんな圭助を見ながら、俺は好きの過去形が現在進行形に変わるの心に戸惑いを感じていた。
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