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第5話
「すげぇ。まじで傘の先っちょ綺麗に直ったな。」
「………おい、離れて見てろって言ったろ。」
顔の向きは変えず、目だけ傘から外し、圭助を睨んだ。
今日もいつものようにお菓子を持ってきて俺のところに来た。いつもは1時間ぐらいしたら帰るが、今日は「傘直してるとこ見たい」と言い始め、最初は拒否したが、会話途中途中で見たいと連呼され俺が折れた。
近くでは気が散ってしまうので、いつもお菓子を食べている座敷に圭助はいてもらい、俺はいつものように框 で作業を始めた。
この傘は遠方から来てくれた町田さんと言うお客さんの傘だった。撫子 色の傘で陣笠 (傘の先っぽの事)の木が割れてしまい、金具が剥き出しになっていた。在庫からお客さんと一緒に選んだ新しい陣笠を取り付ける。雨の線で駒(傘の生地の部分)が変色している部分もあったので、綺麗にした。
「すごい集中力だったな。俺が近づいたの気づいてなかった。」
圭助が関心した声で俺に言う。
「…お客さんの大事な傘だ。集中できずに、失敗しました、じゃ取り返しはつかない。」
使い捨て傘やリーズナブルな傘が溢れている中、わざわざ傘を修理に来る人は様々だ。
孫からプレゼントされた、息子の試合にいつも使ってたから、お母さんの形見だから…など何かしらの思い出がある。
ずっと使いたいと思わせるから修理を頼むのだ。多くの傘の中の一本であっても、その人にとっては唯一無二なのだ。大切に扱わないといけない。
「…春見てたら俺も頑張らないとなぁってなるな。」
傘を開いたり、閉じたりして、全体のチェックを一通り行った後、丁寧に傘を畳んだ。依頼用の傘立てにゆっくりと直し、圭助を見た。
「なんだ。店の準備うまくいってないのか?」
圭助の声がしみじみとしていたので、うまくいってないのではと不安になる。
「大丈夫、特に遅れもないよ。」
「…ん?開店するまで大変なのにこれ以上何を頑張るんだ。」
俺は祖母の店を継いだ時も、名義変更やら色々とする事があった。まして、内装やら、機械類やら揃えないといけないので大変なはずだ。
「まぁ確かに準備頑張ってるよ。そういうのじゃなくて、心意気。」
「心意気?」
「そうそう。修行している時とか、特に繁盛店ではさ、効率よくしないと在庫切れでお客さんに迷惑かかるからひたすら作るって感じだったんだ。春見てると一つ一つ丁寧にしよう、大事にしようって思えた。」
「………恥ずかしい事をぺらぺらと…。」
ああ、もう。なんでこんなに喜ばせるのが上手いんだ。顔に熱が溜まっていくのを感じる。
「…嬉しかった?」
「はい、はい。嬉しいですよー。」
「ははっ。抑揚ねぇー。」
ばんばんと背中を叩かれる。「痛え、ばぁか。」と照れるのを隠した。
「なんか春見てたらサエ子ばあちゃん思い出したわ。」
「………お前、」
俺を誉め殺す気かと心の中でごちる。大好きな祖母と姿が被ったと言われると見守ってくれている気もする。
「あ、そういえば。」
「ん?」
「明後日。祖母の命日なんだよ。俺その日は店閉めるから、来てもいないぞ。」
7月15日。祖母の命日だ。この日はいつも店を休んで、墓参りと、店の中で思い出に浸って泣いていた。日頃は仕事で忘却させていた記憶を、この日だけはいいと自分で決めて、心ゆくまで想い、吐き出し、そして翌日は仕事に戻るのだ。
「そうなん?お墓どこ?」
「あ?善道寺のとこだけど…」
「近いやん。俺も一緒に墓参り行っていい?」
「はぁ?!なんで!」
「サエ子さんに帰ってきたよー、隣にお店オープンするよーって伝えないと。商売繁盛するように見守ってて下さいって。」
「………一人で行けよ。」
「えっ、何で。」
この日は俺が唯一感傷に浸っていいって決めた日だから。………とは言えない。ふぅと息を吐き出す。
「………仕方ない。じゃあ10時ここ集合。」
「おっ、ありがと!」
その後はお参りのお花やお水はどうするかなど細かいところを話し合った。
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