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第2話

夏川とは店員と客としての出会いにはじまり距離を縮めて二年になる。最初の半年で同性愛者であることをカミングアウトし、大して驚くでも無かった夏川に期待を寄せてさらに半年後に想いを打ち明けた。  この事にも夏川が動じることは無かった。ただ、自分は男を好きになった事はないんだと言われた。今にして思えばここで諦めれば深手を負うことは無かった。  夏川のあんまり優しい口調に、体格の良さからくる低い好みの声。ほんの僅かにこれからはあり得ると言うような含みをユキヒロは感じてしまったのだった。  そして次の一年、ユキヒロは夏川に尽くした。貢いだわけでは無かったが夏川のすべての洋服やスーツ、持ち物を選んだのはユキヒロだ。お揃いで購入したものもある。その時、夏川は嫌な顔ひとつしなかった。喜んでいた。けれど、触れたのは狭い居酒屋のカウンターで偶然ぶつかる肩先だけだった。  本来ユキヒロは自分から行動を起こすのは苦手だった。これまで夏川に積極的でいられたのは勢いもあるが、共有する物事が友達という定義からそう大それて外れてはいなかったからかもしれない。それ以上を熱望しているのに、きっかけを作れない。これ以上の進展は夏川の方からが望ましかった。無理強いをしたくなかった。プライドでそうしていたのではなく、ただ受動的でいたかった。可愛がられたかった。  だから、三日前にユキヒロは「俺とは距離を取った方がいいんじゃないですか?」とメッセージで訊いたのだった。    出口への階段を全て登り切るとすぐにバス停があった。折り畳み傘を開こうとしていると、ゆっくりとバスが停車した。中に夏川に似た影が見えた。  同じような背格好の男なら誰でも夏川に見えるなんてバカみたいだとユキヒロは思う。それは、すぐにスーツの形と色で本人だとわかった。ドキリと胸が裂けるかのように動いた。  今、顔をあわせるなんて予想外であるし、同じ地下鉄を使うことを夏川が避けはじめているのなら気まずい。そう思ったがこちらに気づいた夏川は声をかけてきた。 「おっ、サトダくん。なんだよ、スマホ見たなら返事ぐらいくれよ」  夏川が手にしている傘もユキヒロが選んだものだった。違和感なく夏川によく馴染んでいると我ながら思うのだった。けれど、対面してもメッセージのやり取りでも変わりない様子に、ユキヒロは送信の行き違いが起こっているのかと疑いたくなった。 「……それはごめん。どう返していいかわからなかったからさ」  絞り出すようにユキヒロが言うと、やはり送信はされていたと察した。夏川の近付こうとしていた身体が、一瞬凍りついたように固まったのがわかった。笑顔はそのまま貼り付いている。そんな風に仕事をこなしているのだと感じた。夏川はスマホを取り出し、画像に視線を落とす。やや強引に話を続けた。 「この服、難しいかやっぱり」 「そうじゃなくて」 「……」  何かを察したのだろう。黙った夏川の為にユキヒロは口を開いた。 「バスに、したんだ」 「ああ、今日は外周りが少しあってバスのほうが便利だったからさ」

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