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第3話
「そっか」
そう相槌をうつと、夏川の目が探るように動いていた。ユキヒロの傘と夏川の傘がぶつかった。夏川の手がユキヒロの肩を押していた。背後は地下鉄駅の入り口の壁だ。押しながら、周囲を見回している。その夏川の仕草は他人にどう見られるかに神経を使っていると如実にわかるものだった。
もう期待ではなく覚悟のほうが必要かも知れないとユキヒロは思う。
「ごめん。距離を取った方がいいなんてどうして思ったの?」
夏川は言った。
「…や、その、夏川さん。俺は俺の気持ちは前に話したのに、答えをなんにも言ってくれないし、ただの専属スタイリストなら他を当たって欲しいと思って」
専属スタイリストなんて言葉を今思いついたが、それが妙に腑に落ちた。結局は夏川はそれが目当てなのだ。
「悪かった」
ユキヒロは謝罪を口にする夏川の顔を見た。困惑の表情を浮かべていてもやはり好きな顔だと思った。そしてこんなに近づいて話すのなんて初めてだった。夏川は続けた。
「俺なりに考えていたんだけど、ビジネスとしてならどうかな? いくらなら納得してくれる?」
何をどのあたりまでを現金で表すと言うのだろう。ユキヒロは今までで初めて夏川の言っている意味がわからないと思った。
「……いくらって、そんなのわからない。ひどいな。俺の気持ち知っててそれをよく言えるよ」
「俺はあの時すぐ言ったはずだよ。今まで男を好きになったことはないって」
夏川の声は控えめだったが、語気は強い。夏川は再び周囲を見回す。そんな態度にこちらが傷つくことなんて少しも気がつかないようだ。
「つまり、これからもないって意味で言ったつもりだった?」
「そこまではっきり言うと傷つくと思ったから」
「それで、曖昧にしても俺が引かないから利用することにしたんだね」
「難しいよね。だから、俺はビジネスにしようって言ってんの」
「ビジネス? そんな風にあなたに接することなんて……」
とても出来そうにないと言いかけると、夏川は被せるように発した。
「俺、他に友達いないんだ。だから、サトダくんと一緒に色々買い物したりとか楽しかったのに」
「友達がいない」
ユキヒロは口の中でその言葉を反芻した。情に訴えるようなものの言い方は狡いと思った。
「俺さ、ファッションセンスさえあれば最高なのにって昔から、学生の頃からその時つるんだ仲間とかによく言われててさ、なんかトンチンカンな服の合わせ方だったみたいで。それでいて人って、勝手なものでさ。貶すくせにファッションのことなんてろくなアドバイスできないんだ。だからサトダくんには本当に助けてもらっていると思ってるんだ。周りの評判がすごくいい」
「トンチンカンな組み合わせなんかしてなかったよ。別に、好みだって特別に個性的とも思わないし」
ユキヒロは何故だかとてもそこは否定したかった。夏川を形成している要素に少しづつ亀裂が入っていくのを止めたかった。
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