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第3話

週末になり、凛はソワソワしてしまう。 彼は来るだろうか、そう考えると落ち着かない。 バック作業をしていると、 「こんばんは」 心地良い低い声が耳に入った。 見ると、傘を貸した彼がいつものジャージ姿で立っていた。 「こ、こんばんは……」 「この前はありがとう、助かったよ」 「いえ……」 「三上くんは大丈夫だった?」 不意に名前を呼ばれてドキリとしたが胸元の名札を見れば分かる事だと気付く。 「あ、はい……予備のビニール傘があったので」 「なら良かった」 ニコリと笑うと、 「でも、ごめん!今日傘忘れた!」 そう言って胸の前で手を合わせた。 「大丈夫です、いつでも」 「今度必ず持ってくるからさ」 「はい……」 長めの髪が顔の表情を隠す事を知っている凛は、熱くなった顔を伏せた。 (彼女とはどうなったのだろう……) そう思った瞬間、智樹?と女性の声がした。 「こっち」 目の前の彼が返事をした。 (トモキ……)  その時、初めて彼の名が智樹(ともき)だと知った。  「仲直りしたんですね」 そう言った自分の胸がチクリと痛んだ。 「まぁね」 智樹は苦笑いを浮かべ頬を指で掻いている。 「何かあった?」 彼女が現れると、また胸がチクリと痛んだ。 (何を期待してるんた……) 別れていれば、もしかしたら自分にチャンスがあったなどと思っていた自分に呆れる。別れていたところで男の自分にチャンスなどあるはずはない。こうして話せるようになっただけで充分なはずなのに、話せるようになった途端、更なる欲が生まれる。 「いや、まだ」 「私、CD見てる」 そう言って、彼女はサウンドの方へ歩いて行った。 「三上くんのお勧めある?」 急に言われ凛は目を丸くする。 「えっと……ジャンルは?」 「なんでも」 少し考えると、 「少し前のですけど……」 洋画のドラマから一本選ぶ。 「これ、観た」 「あ、そうでしたか」 「名作だよな。彼女これ見て寝たけど。こんな名作見て寝るか、フツー」 呆れたように片眉を上げ、思わずその(おど)けた表情に凛は吹き出してしまう。 「じゃあ、これか……これは?」 「こっちは観た、これは……観てないな。なんか趣味合うな君とは」 智樹は嬉しそうに笑みを浮かべている。 「これ借りてく。三上くんはドラマが好きなの?」 「そうですね。恋愛もの以外は見ます」 「嫌い?恋愛もの?」 「はい……」 「なんで?」 凛は答えに詰まった。自分にハッピーエンドなどないから、などと言える訳がなく、 「なんとなく……です」 そう言って、目を伏せた。 「智樹!早く!」 彼女がセルフレジから智樹を呼んだ。 「ったく」 ふーっと溜息を吐くと、凛にもう一度目を向け、 「じゃあ、また。これ早速観るね」 「あっ、はい……」 智樹は背中を向けると、あの!と、咄嗟に凛は呼び止めていた。 智樹は振り返ると、 「ん?」 小首を傾けている。 「あ、傘なら次持って……」 「感想!」 思いのほか声が大きくハッとして口を塞いだ。 「感想、聞かせて下さい」 「わかった」 智樹はニコリと笑うと、軽く手を挙げ彼女の待つセルフレジへ歩いて行った。 凛は心臓の高ぶりを抑える為、無我夢中で作業をした。

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