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第3話 明生の話(3)
翌日、菜月は普通に登校してきた。都倉先生からの伝言を伝える気などは毛頭ない。ただ、先生があの塾にいることをどうやって知ったのかを聞いてみたかった。けれど、女子に話しかけるのも、何故そんなことを知りたいのかを逆に聞き返されるのも嫌で、結局話しかけられなかった。次の月曜日などは、今頃菜月は都倉先生に会えているんだと思うと、塾の時間中、ずっとモヤモヤした。
だったら、その月曜日は自習をしに行けばいいんだ。授業は出られないけど、空き教室で勉強することはできる。休み時間だけでも都倉先生に会えるなら、塾に行く価値はあった。そんな単純なことに気が付いたのは、もう、年末も迫った時期になってからのことだ。自分から自習しに行くなどと言いだした僕に、お母さんはすごく驚いたけれど、もちろん反対なんかしない。僕は大手を振って塾に行った。
ただ、行けば菜月もいるわけで、僕よりも都倉先生の近くにいられる彼女を目の当たりにするのは、少し辛かった。僕なんかより勉強ができて、本性がいくらキツくても顔は結構可愛い菜月のほうが、都倉先生は気に入るに違いない。僕なんかより菜月のほうが。そう思う自分に気が付くと、ようやく僕は僕の感情の意味を理解した。
僕は、都倉先生に、恋をしていたのだった。
そんな気持ちを抱えたまま年を越し、2月になった。バレンタインデーが近い月曜日、菜月はチョコレートと思われるものを都倉先生に渡していた。学校でも友チョコだの義理チョコだのをクラス全員に配るような菜月だったから、僕ももらっていた。もらったものに文句を言ってはいけないけれど、市販の大容量パックのチョコをバラして、100均のラッピング袋に入れただけ、みたいな感じだった。でも、都倉先生に渡したそれは、明らかに僕にくれたものとは違っていた。大きさも、ラッピングの気合の入れ方も。菜月は本命チョコに違いないそれを、人目のないところでこっそり渡すようなことはしなかった。きっと他の子たちへの牽制の意味を込めていたのだろう。
「カズキっちのは特別なんだよ、手作りしたんだから。ホワイトデー期待してまぁす。」と菜月は小首をかしげて言った。多分彼女が自分で思う「いちばん可愛い表情」を浮かべて。
「え、これ誕生日プレゼントでしょ? お返しはしないよ。」と都倉先生が答えた。
「カズキっち、何言ってんの、バレンタインデーに決まってるじゃん。」
「俺の誕生日だって。ほら。」都倉先生は学生証を見せてくれた。菜月だけでなく、近くにいた何人かがそれをのぞきこんだ。僕もそこに紛れた。生年月日のところには、確かに2月14日と記されていた。生まれ年から計算すると、先生はこの誕生日で19歳になるんだ。ついでに、カズキは「和樹」と書くことも分かった。
「じゃあ私の誕生日にお返しくださいよぅ。7月だから。」
「特定の生徒にだけ誕生日プレゼントなんてあげません。」
「うっそー。お返しなしってひどくないですかぁ?」
「お返しをアテにするのはプレゼントとは言わないんだよ、菜月。ところで、7月の何日?」
「8日。もうね、この日、すっごいイヤなの。7日だったら覚えやすくて良かったのに。」
「そっかあ。7日だったら七夕だもんね。でも、誕生日はどの日でも特別だからさ。」その言って笑う都倉先生。その笑い方が、どこかいつもと違う気がした。なんて言うんだろう、すごく大事な人にでも会ったような、すごく優しい笑顔。
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