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第4話 明生の話(4)
「こら、次の授業始まるぞ。みんな教室に戻れ。」その時、教室長の声が響き渡り、みんなきゃあきゃあ言いながら教室に戻っていった。菜月も不満そうながら教室に消えて行く。僕は自習だから、そんなに急がなくても良い。
「都倉先生。」
「ん?」先生は授業があるから、テキストをトントンと机で揃えて、準備をしていた。
「7月7日って、何か特別な日?」
「え? どうして?」
「そんな感じがしたから。」
「七夕だろ。」都倉先生は立ち上がって、教室に向かおうとした。
「誰かの誕生日? 彼女?」
先生は一瞬えっ?という顔をしてから、人差し指を口の前に立て、小声で「しーっ。」と言うと、にやりと笑い、その場から去っていった。
秘密にしてくれってこと? つまり、ビンゴ?
そうだよな。こんなイケメンの先生に彼女がいないわけがない。
僕は誰にも知られない内に恋をして、誰にも知られない内に失恋してしまったのだった。
でも、誰にも知られていないってことは、失恋後も引き続き都倉先生を好きでいても、誰にも関係ないってこと。想うぐらい、いいよね。どうせ最初から片想いで、最後までそのまんまだなんてことは分かってる。次に好きになれる誰かを見つけるまで、先生を好きでいるぐらい、いいよね。
そうして、次に好きになれる誰か、に出会えないまま、僕は中学生になった。
菜月とは中学も同じだけれど、クラスは分かれた。そして、相変わらず同じ塾に通っている。通う動機が都倉先生という点も同じだ。菜月のほうは、まさか僕も同じ目的とは思ってもいないだろうけれど。ただし、ホワイトデーは結局、先生の予告通りまともなお返しはなかったようで、塾から生徒全員へという形でキャンデーが配られて終わった。それ以降、菜月の先生への熱は少し下がっているように見えた。僕はと言えば、急上昇するでもなく、下がるでもなく、今まで通りひとり静かに先生に憧れていた。
僕は、先生の顔が好きだ。背が高いところも好きだ。ホワイトボードに字を書く時の手の動きも好きだ。よく通る声も好きだ。チャラいと思ったピアスも、今ではよく似合っていて良いと思う。あからさまに好き好きビームを発するのは菜月ぐらいなものだけど、やっぱり人気者の先生だから、男女問わずしつこく話しかけて先生を独占しようとする奴もいる。でも、そんな奴を相手にしている時でも、絶対に嫌そうな顔をしないところも好きだし、なかなか話しかけられない引っ込み思案な奴のこともちゃんと気にかけて、話しかけてくれたりするところも好きだ。引っ込み思案な奴、ってのは、僕のことだけど。
5月になり、僕は誕生日を迎えて13歳になった。ゴールデンウイーク中に誕生日がある僕は、得しているような損しているような、微妙な感じがする。家族旅行に行った年には、旅先のホテルでちょっとリッチな食事と豪勢なケーキで祝ってもらえたし、おばあちゃん家に帰省した年にはおばあちゃんからの援助もあって、普段の倍ぐらいの予算の誕生日プレゼントがもらえたりした。でも、遠出をしない年だと、友達にも会えずおめでとうの一言ももらえないし、親からプレゼントこそもらうけど、へたするとお母さんと2人でちんまりと地味にカットケーキを食べるぐらいで終わり、いまいち盛り上がらないのだ。ま、別に盛大にお誕生会をしてほしいとも思わないけど、両親以外の誰にも祝われないまま終わる誕生日、というのはちょっとだけ切ない。
今年の誕生日は、後者だった。朝、お母さんは僕に5,000円札を握らせ、「好きなものを買いなさい」と言った。その現金が誕生日プレゼントということのようだ。まあ、親からの誕生日プレゼントが英和辞書だったという友達もいたから、それに比べたらずっとマシなんだけど。
せっかくなので、僕はその5,000円を持って、駅前のアーケード商店街をぶらつくことにした。特別目当てのものはないけれど何かいいものがあったら買おう、ぐらいの気持ちで。友達を誘うとハンバーガーのひとつも奢らされる気がして、1人で出かけた。自由気ままに商店街を歩く。僕はゲームはしないし、漫画やアニメといったオタク的な趣味もないし、スポーツもそんなに興味がない。服は親が買ってくれるもので充分で、テレビ番組や映画や音楽なんかもネットの無料動画で事足りる程度の関心しかなく、これといって追いかけたいほど好きな芸能人もいない。こうしてみると、5,000円で買えそうな欲しいものというのは、なかなか見つからなかった。
そうしてぶらついていると、なんと、向こうから都倉先生が歩いてくるのが見えた。先生の隣には、知らない男の人がいた。先生と同じぐらいの年格好で、2人は仲良さそうに笑顔で会話をしながら歩いている。自慢じゃないけど僕の視力は両目2.0で、かなり遠くのものでも見える。ましてや大好きな先生を見間違えるはずがない。都倉先生の様子は、いつもとは違っていた。いや、いつもと同じようににこやかなのだけれど、その笑顔が……そう、菜月が7月7日を話題にした時の、あの笑顔だった。
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