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第6話 王様の耳は(2)

 そんな流れで、僕と先生と先生の彼氏らしき人は、近くのカフェに入った。片側がソファの4人掛けのテーブルに案内され、先生の指示通りに座ったら、何故かソファ側に僕と彼氏さん、僕の向かい側に先生が座ることになった。 「中学生?」と隣の彼氏さんに聞かれる。 「はい、中1です。」 「そっかぁ、若いなぁ。」 「若いっつか、ねえ。小中学生向けの塾だから、みんなこんなもんよ。今のバイト始めてからというもの、自分がとてもオジサンになった気分。」先生がそう言って、演技だろうけど不貞腐れたような顔をしてみせた。「ああ、でも、明生は、その前のスイミングで会ったのが最初だよな?」 「そう、去年。小6の時。」 「そういや、スイミングのコーチやったって言ってたな。でもさ、和樹が、スイミングのコーチって……。」先生を和樹と呼ぶ彼氏さんは、小さく笑った。先生も何か思い出したようにクスクスと笑った。「明生くんだっけ? この人のコーチで、泳げるようになった?」クスクス笑いをこらえるようにして、彼氏さんが聞いてきた。 「はい。すっごい泳げるようになりました。僕本当に、全然泳げなかったんです。けのび5メートルがやっとで。それが、クロールで25メートル泳げるようになって、全部都倉先生のおかげです。」彼氏さんが先生を少し小馬鹿にしているようにも感じられて、僕はやたらとムキになって先生の素晴らしさを力説してしまった。後から思えば、僕が力説するまでもなかったのだけれど。だって、誰よりも先生の良さを知っているのは、彼氏さんなんだろうから。 「人は成長するんだねえ。」彼氏さんが言っているのは、僕の泳力のことではなさそうだった。  そんな話をしていると、注文した品々がやってきた。2人はコーヒーとパンケーキ、僕はウーロン茶とレアチーズケーキ。コンビニアイスの1個ぐらいかと思っていたら、ずいぶん豪華に奢ってもらうことになってしまい、僕は嬉しいよりも申し訳なくなってしまう。でも、やっぱりちょっと嬉しい。だって。 「僕、今日誕生日なんです。」図々しく聞こえないかなと心配しながら、言ってみた。 「先に言ってよ。だったらもっと豪華なケーキにしたのに。そんな、チーズケーキなんて渋いものじゃなくて。ほら、こっちのパンケーキのほうが華やかじゃん、取り替えてあげようか?」と先生が言った。確かに先生のパンケーキはラズベリーやブルーベリーにイチゴ、生クリームなどでデコレーションされていて、白一色のレアチーズケーキよりずっと派手だ。ちなみに彼氏さんのパンケーキはスイーツ系じゃなくて、ベーコンエッグが添えられているやつ。 「でも、ケーキは、家でもたぶん食べるから。」 「そっか、そりゃそうだな。ちゃんとしたバースデーケーキはおうちの人と食べたほうがいいよな。」  そこから急きょプチ誕生会のようになって、2人は小声でハッピーバースデーを歌ってくれたりした。正直恥ずかしい。けど、おめでとうと言われるのは、嬉しかった。 「あ、そう言えば、さっきの話。なんで明生くん、俺の誕生日知ってんの。」と彼氏さんが言った。  僕と先生は顔を見合わせて、同時に口元に人差し指を立てると、彼氏さんに向かって「しーっ」と言った。 「それよりも。」僕はわざと話題を変えた。せめてひとつぐらい、先生と僕だけの秘密があったっていいじゃないか。そのほかのことはきっと、彼氏さんが全部持っているんだから。「名前、知らないです。」 「ああ、言ってなかったね。彼は、田崎くん。」 「ご挨拶が遅れました。田崎涼矢です。都倉先生と同じく、大学2年生です。」中学生の僕相手に、そんな風に丁寧に挨拶してくれたけれど、全然嫌味に聞こえない。一方で、田崎さんに"都倉先生"と呼ばれて、先生は少し照れているみたいだ。

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