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第7話 王様の耳は(3)
「おんなじ大学なんですか?」
「いや、俺はX県にあるN大という大学に通ってます。」
「えっ? X県?」
「今日はね、X県からわざわざ来てくれてるの。俺も高校までX県に住んでて。」先生は嬉しそうに言った。
「ゴールデンウイークだから?」
「うん、まあね。でも、2人とも大学は休みじゃなくて、連休関係ないんだ、本当は。だから、わざわざこんな混む時期に来なくてもいいって言ったんだけど。」
「だって親父が連休中はずっと家にいるって言うからさ、逃げてきた。大学も休講が多かったし。」
「新幹線、座れた?」
「早朝から並んで、なんとかね。」
「車は……もっと大変か。」
「ああ、車なんか大渋滞に決まってるし、俺一人なら電車のほうが全然楽。大体、おまえんちの近くに駐車場探すだけでも大変なんだもん。何日も停めてたら駐車料金も半端ないし。」
「基本的に都内は車より電車のほうが速いし楽だよな。」
話を総合すると、2人はつまり遠距離恋愛で、田崎さんは車が運転できて、東京に来た時には先生のところに泊まる……のかな。まあ、つきあっているなら、そうなるんだろうけれど。なんかちょっと、なんていうか、ドキドキしてしまう。
「……ごめんなさい、そんな、遠くから来てるのに、貴重なお時間を割いてもらって……。」僕がそう言うと、2人は同時に笑い出した。僕、そんな変なこと、言ったかな。慌ててまた話題を変えてみる。「じゃあ、高校の同級生ですか?」
「そう。」と先生が言って、一瞬だけど、2人がアイコンタクトをしているのが分かった。「涼矢も俺も水泳部だったんだ。水泳のコーチなら、俺なんかよりずっと上手だよ。」
田崎さ……いや、涼矢さんは、その言葉を否定しない。「すごいなあ。」あの名コーチの先生がそう言うなら、本当にすごいのだと思う。
でも、涼矢さんはまたクスクスと笑い出した。「あのね、俺が上手というより、和樹がひどかっただけだから。」涼矢さんは僕のほうを向いた。「この人ね、ひどいんだよ。プールでさ、勝手にそのへんにいた小学生集めて、水泳教えてやるみたいなこと言い出して。そのくせ、もっとガーッと行けとか、ちゃっちゃっと動かせとか、わけわかんないことしか言わない。仕方ないから俺がその子たちに手の掻き方とか、全部教えるはめになって。」
「うん、あの経験が実に有意義で、大いに役に立ったよ。」先生はにこにこしながら言った。「なあ、俺の教え方、そんなに悪くなかったよな?」急に話を振られてドギマギしてしまう。
「悪くないどころか、本当に、さ、最高でした。あんな短期間で泳げるようになるなんて全然思ってなかったです。」
「ほら涼矢、よく聞いておけ。」
「はいはい。でも、今度は塾講師って、またびっくり。」
「おーい、生徒の前で、変なこと言うなよ。」
「何の教科、教えてるの?」
「国語。」
「社会じゃなくて?」
「俺も最初は社会希望だったけど、理社はもともと授業数が少ないから講師足りてるんだよ。だから、国語担当になった。」
「そうなんだ。まあ、国語ならいざとなったらお兄さんに聞けるしね。あ、彼のお兄さん、高校の国語の先生なんだよ。」後半は僕に向かっての解説。
「中学の国語ぐらいなら兄貴に頼らなくても教えられる。」
「はは、明生くんの前だからって。」
僕の緊張もだいぶ解けてきた。2人の会話は聞いていて心地よかった。なんでだろう。どうってことのない内容なのだけれど。ひとつ気づいたのは、2人とも、僕の知らない話題になりかけると、さっきみたいに僕にもわかるようにちゃんと解説してくれて、僕が仲間外れにならないようにしてくれてるってこと。でも、そういう先生と涼矢さんの優しさは、ちょっと淋しくもあった。2人には2人だけの世界があって、本当なら僕なんかその間に入り込める余地がないことを思い知らされているようで。
そう思いながら、僕はつい口を出してしまった。「あの。」
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