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第9話 王様の耳は(5)

 結局その後、めぼしいものも見つからず、手ぶらで家に帰った。でも、夕食は僕の好物が並び、お父さんもいたから、誕生日ケーキはカットケーキじゃなくてホールケーキだった。スマホには友達からの誕生日おめでとうメッセージも何件か届いていた。そう、今年はなかなか悪くない誕生日だった。何より先生と塾以外で会えて、一緒にお茶できて、お祝いもしてもらえた。抜け駆けしたり、チョコを渡したりして先生の気を引こうとした菜月よりも、先生に近付けた気がした。  でも、そのもっとずっと近くに、涼矢さんがいることを目の当たりにもした。僕はなんともやりきれない気持ちになる。あんなカッコいい先生なんだから彼女ぐらいいるだろう、そんなことは最初から覚悟していたけど、まさか男の人だったとは。でも、男同士で好きになってもいいのか。つきあうこともできるのか。男性である都倉先生を好きになった僕としては、それはすごく心強くて嬉しい事実ではあるんだけれど……。涼矢さんは優しくて、カッコよくて、頭も良さそうで、きっと運動神経だって良くて、なんでもできそうだ。ああいう人は特別なんだと思ってしまう。僕のような、見た目が良いわけでもなく、スポーツができるわけでもなく、勉強も冴えなくて、背だって菜月と大して変わらないぐらい低い、そんな奴は都倉先生みたいな人に好きになってもらえるはずもない。  夜、布団に入ってからそんなことを考えていたら、だんだん落ち込んできた。  もし僕が涼矢さんみたいだったら、こんな風に落ち込まないで済んだのかな。  僕は、最後に涼矢さんが言っていた、『王様の耳はロバの耳って叫びたくなったら、連絡して。』という言葉を思い出した。あれって、どういう意味なんだろう。わざわざ都倉先生がいない時に言ってきたから、このことは先生には言わないほうがいいのかな。……って、言うにしてもどう説明すればいいんだ? 「先生の彼氏と連絡先交換しました。何かあったら連絡してと言われたけど、どういう意味でしょうか?」って? うーん、それはやっぱダメだろう。とすると、このことは、涼矢さんと僕との秘密ってことになる。  僕が涼矢さんの誕生日を知っている理由。これは先生と僕との秘密。  涼矢さんと連絡先を交換したこと。これは涼矢さんと僕との秘密。  先生と涼矢さんが恋人だってこと。これは2人と僕との秘密。  13歳になった今日、僕は一気に3つの秘密を抱えたのだった。  中学生になってから、塾が1日増え週3日となり、時間帯も遅めに移動していた。勉強は好きじゃないけれど、3日とも都倉先生の受け持つ授業を受けられるようになったのは嬉しい。菜月も同じ授業をとっていたけど、どうも中学に入ってからの菜月は、それまでとは様子が違っていた。塾でも学校でも、なんとなく、おとなしい。どうせ最初のうちだけだろうと思ってたけど、7月が来て、菜月の誕生日が近づいても、都倉先生にうるさくアピールすることもなかった。  ところが、その、菜月の誕生日。つまり7月8日は、日曜日だったけど、塾の実力テストの日だった。3教科なら早めに終わるが、僕や菜月を含めた何人かは5教科で受けていたから、昼過ぎまでかかった。テスト終了の合図と同時に、やっと帰れるとばかりに、みんなサーッと出て行く。少し出遅れたけど、僕も帰り支度をする。菜月が教室を出ようとしたその時、「菜月、ちょっと。」と都倉先生が菜月を呼んだ。  菜月は先生の後について、先生たちのデスクのところまで行った。僕はなんだか気になって、冷水器の水を飲むふりをして、その近くに行った。その場にいたのは都倉先生と菜月、そして少し離れたところに僕、その3人だけだった。 「今日、誕生日だよね。おめでとう。」という先生の声と、「えっ、うそ、まじで。」という菜月の声が聞こえた。  振り向くと、先生に何かもらったらしい菜月が、早速その包みを開けようとしているところだった。 「あっ、可愛い。カズキっち、ありがとう。」  僕はどうしても気になって、ふらふらと2人の近くに寄って行った。「塩谷、見て、もらっちゃった。」菜月は今まで明生と呼んでいた僕を、いつからか苗字で呼ぶようになっていた。菜月の手には、人気のキャラクターのついたカラーペンがあった。  可愛いけど、こんなどこにでもあるペンだったら、先生とお茶してケーキもごちそうになった僕のほうが、特別感があるぞ。大体、菜月のこれは2月にあげた分のお返し、僕のはそうじゃないんだからね。……なんて、ちょっと得意になったりして。

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