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第11話 ロバの耳(1)
『わかんなきゃわかんないでいい』って、何それ。
……似たようなこと、前にも言われたような気がした。そうだ、涼矢さんだ。連絡先交換した時。僕が意味わかんないって言ったら、それならそれでいいとかって。何あの2人。2人とも何考えてるのか、全然わかんないよ。
僕は家に帰ると、もやもやしながら部屋をうろうろした。ご飯食べたりお風呂に入ってる間は少し気が紛れたけど、夜になってまた部屋に一人になると、余計もやもやが募ってきた。
僕はついにスマホを取り出して、涼矢さんに初めてのメッセージを送り付けた。
[都倉先生に何か言いましたか?]
返事はすぐに来た。
[別に、いつも通りだよ。何かあったの?]
[それならいいです]と返した。
[都倉に何か言われたの?]
[大丈夫です]
僕は返事を待たないで、スマホをバッグの中に押し込んだ。
自分が何をしようとしてるのか、わからなかった。涼矢さんに聞いて、どうしようって言うんだ。バッグの中でスマホのバイブレーター音がする。何回も繰り返し。涼矢さんだろう。それでも僕は放置した。やがてその音も止まった。
『気持ちの吐け口ぐらいにはなれると思う。』あの日、涼矢さんは、初対面の、あんな短い時間お茶しただけの僕に、どうしてあんなことを言ったのか。僕はあの時、深刻な相談とかしていたわけじゃない。逆に僕の誕生日だったし、結構楽しい雰囲気だったと思う。だからあの日、あんなことを急に一方的に言われて、本当に意味が分からなかった。中学校には、やたらと「何かあったら俺に言え」なんて偉そうに先輩風を吹かす奴はいるけど、涼矢さんはそういうタイプにも見えなかった。
『ま、なんかあった時に思い出して。』そう言って笑っていた、涼矢さん。
本当に?
本当に、こんなぐちゃぐちゃの状態で、話を聞いてもらえるんだろうか。
バッグの中で、またバイブ音がした。でも、さっきとは鳴り方が少し違う。通話アプリの呼出音だということを察した僕は、無我夢中でバッグから再びスマホを出した。
「もしもし!」発信元の名前もろくに確かめず、僕は叫ぶようにそう言って電話に出た。
「明生くん?」
「はい、そうです。すみません、ごめんなさい。変なこと言ってごめんなさい。」僕は焦ってそんなことばかり繰り返した。
「大丈夫、落ち着いて。」涼矢さんは優しい声でそう言った。
「ごめんなさい。」
「ごはんはもう食べた? ……って、もう10時だもんね、食べてるよね。」
「はい。すみません、こんな時間に。」
「全然大丈夫。」
「あの。」
「うん。」
「……自分でも何が言いたいのか、ぐちゃぐちゃで。」
「そうか。そういう時もあるよね。いいよ、ゆっくりで。待つし。」
「なんでですか。」
「ん?」
「なんで、僕と連絡先交換とか。今も、待ってくれるとか。僕、別に涼矢さんとは、その、友達とか、先生と生徒とか、そういうのじゃないし。か、関係ないって言うか。」
「うーん、そうだね。でもほら、だから言えるってこともあるじゃない? 知り合いには言えなくても、赤の他人なら話せるようなこと。頼れる家族も友達もいるのに、わざわざネットとかで顔も知らない人に相談するのは、相手が関係ない人だから、でしょ?」
「……。」
「だから、待つよ。」
「……かけ直します。5分やそこらじゃまとまらないと思うし……。」
「うん。分かった。夜中になってもいいから。」
「すいません。」
「全然平気。どうせいつも寝るの夜中だし。じゃ、また後でね。」
「はい。すいません。」
「はは、そんな、謝らないでよ。」
そう言われたけど、他に言えることがなくて、僕はもう一度「すいません。」と言って、電話を切った。
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