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第12話 ロバの耳(2)

 塾から帰ってきて、一人でずっとぐるぐるもやもやしていた僕。衝動的に涼矢さんに連絡してしまったけれど、2か月ぶりに涼矢さんの声を聞いたら、何故かふっと光が見えた気がした。光というより、そうだ、国語の授業でやった、蜘蛛の糸。ああいう糸が目の前に降りてきたみたいな気持ちと言ったらいいのだろうか。  たった一度、1時間ちょっとしゃべっただけの涼矢さん。僕の好きな人の、好きな人。僕がもっと大人だったら、涼矢さんと張り合えるような人間だったら、都倉先生をめぐってのライバルってことになる。でも、もちろん、僕が涼矢さんと同じ土俵に上がることなんかできないわけで、張り合うつもりはまったくない。  そういう人を相手に、僕は何を話そうとしているんだろう。  聞きたいことはわかってる。  都倉先生がなんであんなことを言い出したのか?ってこと。  先生の恋人である涼矢さんなら、そういうの、わかるかもしれないから。  僕が先生を好きなことがバレてる。先生の「ごめんな」っていうのは、そういうことなんだろう。だから、バレてるのは間違いないと思う。でも、どうしてバレたんだろう。僕は菜月みたいに好き好きアピールなんかしたことはない。ほかの生徒と変わらない態度だったと思うんだ。  そして、バレてたとして、なんで急に「ごめんな」なんだろう。  菜月だって、最近はおとなしいけど、先生のことあれだけ好き好き言ってて、その菜月にはにこにこと誕プレ渡しておいて、僕には「ごめんな」って。しかも、あの時の先生は、ニコリともせず、真顔だった。僕、何か先生の気に障るようなことしたかな? 考えても、そんな心当たりは何ひとつない。あのカフェの日をきっかけに特別親しくなった……なんてことも全然なかったから、単なる塾の先生と生徒以上の会話もしてない。もともと僕は引っ込み思案だし、先生とはほかの生徒よりしゃべってないぐらいだと思う。  それなのに、どうして。  明日も塾は通常授業がある。先生と顔を会わせる。いやだな。どんな顔したらいいんだろう。これは、なんとしてでも、今日のうちに解決しなくちゃ、塾に行きづらい。週3日、先生と顔を会わせるようなクラスを選んだことを、僕は後悔した。  涼矢さんは、先生とつきあってて、こんなことはないのかな。ケンカしたり、気まずくなったり。そんな時はどうやって仲直りするんだろう。  だいたいさ、2人はどうやってつきあうことになったんだろう。相手が女の子だったらともかく、男相手に「好き」って、言える? 僕にももちろん普通に男友達はいるけれど、奴ら相手に好きだのなんだの、言ったり言われたりするのは想像できない。言ったところで、気持ち悪がられるだけだと思う。好きな相手に気持ち悪がられるってわかってて、告白なんかしない。  先生と涼矢さんは、高校で同じ部活だったって言ってた。だったら、もともとは普通に友達だったんじゃないのかな。どうやって恋人になったんだろう。  ていうか、恋人って。恋人ってつまり、友達じゃないわけで、友達とはしないようなことをするわけだよね?  中1の僕の同級生にも、早くもカップルになった奴らはいる。僕と仲の良いのは僕と似た者同士のモテない奴ばっかりだから、詳しくは知らないけど、学校から一緒に帰ったり、原宿に行ったり、一緒にディズニーランドに行ったり、そういうデートをしてるらしい。誰それたちはチューしたなんて話も、ちょっと噂で聞いたこともある。  チュ、チューとか、するの?  都倉先生と、涼矢さんが?  ……。  そういうのは、あんまり、想像したくないな。しちゃったけど。  僕は先生のこと好きだけど、先生と、そういうことがしたいわけじゃない。  じゃあどうしたいのかって聞かれると困るけど。何かしたいとかじゃなくて、ただ、先生のことを眺めて、時々しゃべったりできたらそれでいいかなって感じ。  それをさ、あんな風に「ごめんな」って、告白もしてないうちから門前払いみたいな。あんな言い方しなくたっていいのにって思うんだ。  こんな感じで、考えはまとまったような、まとまらないような感じだったけれど、もう0時も過ぎてしまったから、僕は意を決して涼矢さんに電話した。数回の呼び出し音が鳴って、涼矢さんが出た。

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