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第13話 ロバの耳(3)

「明生です。」 「うん。おかえり。」 「おかえり?」 「そう言いたくなったから。」  僕は涼矢さんの声を聞いたら、なんでだかわかんないけど、無性に泣きたくなってきた。でも、なんとか我慢した。 「えっと。いろいろ考えてみたんですけど。あ、その前に、今日、塾でテストがあって。」 「うん。」 「終わった後、先生が、菜月って女の子がいるんですけど、バレンタインの時に先生にチョコも渡してたんです。でも先生、ホワイトデーのお返しはしなかったみたいで、それが今日、先生がその子を呼んで。あ、菜月も僕と同じで、水泳教室にも来てた子で、先生のことが好きって、前からずっとそう騒いでるんです。あれ、すいません、話の順番がバラバラだ。」 「大丈夫。」 「菜月のこと、聞いてますか? うるさい女子がいるって。」 「いや、聞いたことないな。彼、バイトの話はあんまりしないから。」  ということは菜月だけじゃなくて、僕のことも話題にも上らない、てことだよな、きっと。 「そうですか。その、菜月って子が先生のこと好きで、バレンタインにもチョコを渡したりとか。」 「へえ、相変わらずモテるな、あいつ。」 「やっぱりモテるんですか。」 「うん、モテるね。困ったことに。」 「心配じゃないんですか? 離れているのに。」 「超心配だよ。でも、スパイを送り込んであるから。」 「スパイ?」 「高校の時からの、共通の女友達がいてね。その子も東京にいるからさ、何かあったら情報をもらうことになってる。あ、そうか、さっきの菜月ちゃんて子、最近、和樹からなんかプレゼントもらってない?」 「はい、ペンもらってました。今日はその子の誕生日だったから。」 「スパイから聞いた。中学生の女の子あてのプレゼント選びにつきあわされたって。」先生の言っていた女友達、か。「あいつ、そういうとこ、マメだからなあ。」 「ピアス。」 「うん?」 「涼矢さんはピアスもらいましたよね? お揃いの。」 「え? あ、ああ、なんか、恥ずかしいね。そう言われると。」 「先生もしてました、今日。僕、それに気が付いて、言ったんです。新しいピアスしてますねって。」 「……うん。」 「そしたら、その。」僕はそこで止まってしまう。涼矢さんもじっと黙っている。結構長く沈黙が続いたけど、なんとか続きを言った。「先生、急に、真顔になって。ピアスは涼矢さんへの誕生日プレゼントで、お揃いなんだって言い出したんです。あ、あの、その時は、周り誰もいなかったら、僕だけだったから、ほかの人はそのこと、聞いてないから、大丈夫です。それで。」またそこで止まる。その先が出てこない。僕は一回深呼吸してみる。「それで、今は涼矢さんのことしか考えられないから、ごめんって、言われました、いきなり。」  スマホの向こう側から、涼矢さんのため息が聞こえた。「ホントあいつ、馬鹿だな。」という小声も聞こえた。 「これ、どういう意味ですか。」 「うーん。」今度は涼矢さんが黙り、僕がじっと待つ番だった。「まず、俺のことを話してもいいかな?」 「えっ? あ、はい。」 「俺ね、もともと男の人が好きなんだよ。恋愛対象が、男性ってことね。」 「……はい。」 「そのことに、こどもの頃からずっと悩んできた。すごく悲しいことや傷つくこともあって、人を好きになるのが怖かったし、自分のことなんか誰も好きになってくれないと思ってた。……ごめんね、こんな話で。」 「いえ。」 「でも、和樹は、男同士だろうがなんだろうが、人を好きになることは悪いことじゃないって言ってくれた。俺はそれにすごく救われた。」 「……。」 「俺、明生くん見てたら、昔の自分を見てる気がした。きみは全然違うって言いたいだろうけど、勝手にね、そんな風に思ってしまった。」  僕なんか、昔だろうとなんだろうと、涼矢さんとは違うと思うけど……。

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