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第14話 ロバの耳(4)
「俺が初めて好きになった人は家庭教師で、憧れて、尊敬していた。その人とどうなりたいとかなくて、ただ、見ているだけで幸せで、そういう風に好きだった。明生くんも、和樹のこと、そういう風に好きなのかなって思ったんだけど、違うかな?」
涼矢さんに自分の気持ちをずばりと言い当てられて、僕は頭が真っ白になった。「なんでそう思うんですか。」
「勘、としか言いようがないんだけどさ。自分がそうだったから、そうなのかなって。和樹を見ている時の、きみの表情とか見てて。」
「そのこと、先生に言ったんですか。」
「言わないよ。でも、和樹も、そう思ったんじゃないかな。まあ、彼はあまりそういうことに気が付くほうではないんだけど、なんせ俺の昔の話を聞いているからね。俺が1時間ぐらい一緒にいただけでそう思ったんだから、もっと長く近くにいる和樹だって、さすがに気がついてもおかしくはないと思う。」
「……。」
「尊敬や憧れや…そういう風に好きなうちは良かったんだけど、俺の場合、その後にいろいろあってさ。俺は和樹に出会うまで、本当の自分が出せなくて、すごく苦しかった。明生くんにはそういう思いをしてもらいたくなくて、何か力になれるならって思って、連絡先交換しようなんてね、一方的に言っちゃったんだ。先回りして心配して、余計なお世話だって分かっていたんだけど、余計なお世話で済むんだったら、それで良いと思ったし。」
「僕……ごめんなさい、そんなことまで気にかけてくれてたって、全然思ってなかったです。」
「勝手にこっちが思っただけのことだから。でね、和樹も同じなんだと思う。彼も、きみに、昔の俺みたいになってほしくなかったんだと思う。選んだ言葉はどうかと思うけど、彼なりに大事に思ってのことだから、きっと。そこは信じてあげてくれると、俺としても嬉しい、かな。」
「……明日も塾あるんです。僕、どんな顔したらいいか。今日すごく態度悪く帰ってきちゃって。」
「いいよ、いつも通りで。そしたら和樹も安心するから。それ以上のことは和樹が解決することで、きみが心配することじゃない。だいたい、あいつが悪いんだ。」最後の一言は、少し笑いながら、だった。
「涼矢さんも、先生のこと、好きなんですよね?」
「な、何、突然。」
「すいません。ちゃんと聞いたことなかったと思って。」
「好き、ですよ。」少し照れているのが伝わる。
「僕もちゃんと言ってなかったけど、僕も都倉先生のこと、好きです。でも、涼矢さんのことが好きな、先生が好きなのかもしれない。今、そう思いました。」
「明生くんは、すごいね。なんか、すごく大人。俺はそんな風に考えられなかった。」
「先生にも、僕は大人だって言われました。でも先生は大人じゃないんだって。だから、ごめんなって。そう言われてムカついたけど、今の話、聞いたから、許します。」
「ははっ。」涼矢さんの笑い声が聞こえて、僕は、すごくホッとした。ぐちゃぐちゃしていたものが、すっとほどけていくようだ。
「いろいろありがとうございました。こんなことで電話して、ごめんなさい。」
「ううん。電話してくれて、俺も嬉しかったよ。ちょっとは役に立てたのかな。」
「はい。いえ、ちょっとじゃないです、もう、すっごく、本当に。……あ、最後に、ひとつだけ。」
「ん? 何?」
「先生とチューとかするんですか?」
「はあっ?」今までの優しい声とはがらりと変わり、大声を出す涼矢さん。「あー。ああ、そういうの、気になるお年頃、だよね。」なんだか急に雑な声の出し方だ。
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