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第15話 ロバの耳(5)
「大丈夫です、僕は別に、先生とそういうことしたいなんて思ってません。」
「させねえよ。」うわ、何、この豹変ぶり。「ていうか、そんなことしたら和樹がつかまるから、ホントやめてね。」
「しませんて。で、どうなんですか。」
「しますよ、そりゃあ。」
「うっわぁ……。」
「自分から聞いておいて何それ。あのさ、そんなこと絶対、和樹に聞くなよ。」
「それは、聞くなよ聞くなよって言いながら、本当は絶対聞けっていう前振りですか。」
「違うよ、馬鹿。」
「……涼矢さん、意外と口、悪いですね。」
「こっちが本物だよ。用事済んだだろ、切るぞ。」
「はい。」急にこどもみたいになった涼矢さんに、僕はつい笑ってしまう。
「……まぁ、また、気が向いたら、連絡しろよ。今日の給食うまかったーとかでもいいから。」
「はい。」
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
電話を切って初めて、僕は自分が部屋の真ん中で直立不動でしゃべっていたことに気が付いた。ずっと緊張して、硬直しっぱなしだったようで、特にスマホを握ってたほうの手は意識してグーパーしないとうまく動かない。僕はぐるぐる腕を回したり、軽く屈伸したりした。
それから、机の上の写真に手を振って「大丈夫だよ。」と心の中で話しかけた。
写真は、小さな小さな赤ちゃんだ。僕の、お兄ちゃん。一卵性の双子で生まれてきた僕たちは、ほかの赤ちゃんよりもうんと小さくて、6か月も保育器の中にいたんだって。そこからやっと出られた頃、小さな僕よりもっと小さかったお兄ちゃんは、天使になった。でも、ずっと見守っててくれているよってお母さんが言っていたから、僕は辛い時や苦しい時は、お兄ちゃんに語りかけるんだ。そうすると、気持ちが軽くなる。でも、今日は涼矢さんがその役をしてくれた。もしかしたら、涼矢さんは、お兄ちゃんが会わせてくれたのかもしれない。
僕は、兄弟はいるの?って聞かれた時、そう聞いて来たのがクラスの友達だったら、ひとりっ子って答える。でも、電車で乗り合わせただけの、いきなり話しかけてくる知らないおばちゃんとか、つまり、その時限りで、二度と会わないような人には、お兄ちゃんがいますって答えるんだ。僕の気持ちとしては、「お兄ちゃんがいる」が本当の答え。だって、いるんだから。覚えてないけど。今は天使だけど。でも、友達とか、その親とかに「兄弟がいる」と言うと、後になって話がややこしくなる時があるから、ひとりっ子って答えてる。
そんな風に、関係ない人だから言えることって、確かにある。しかも、そっちのほうが自分にとって大事なことだったり、本当のことだったりする。涼矢さんはそこまで赤の他人ではないと思うけど、毎日顔を会わせる人じゃないからこそ、さっきみたいなことが言えたのは確かだ。
やっぱり、涼矢さんて、すごい人だ。特別な人。先生が好きになるのも無理はない。でも、あんな風に感情的になると口が悪くなるのは知らなかったな。でも、そういうところがあるとわかって、逆にホッとして、涼矢さんのことが好きになった。あ、もちろん、先生に対する「好き」とは違うけど。
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