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第16話 告げ口(1)

 次の日、緊張しながら塾に行くと、珍しく菜月が寄ってきた。 「塩谷、昨日の先生からのプレゼントのこと、誰にも言ってないよね?」と言う。 「え、うん。」本当は涼矢さんと話したけど、涼矢さんも「スパイ」から聞いていて知ってたことだから、ノーカンってことでいいだろう。 「これからも誰にも言わないで。」 「ああ。」 「それだけ。」菜月はそう言ってプイと後ろを向いて、去って行った。  なんだったんだろう。女子って分からない。まあ、どうでもいいや。  そんなことより、僕は先生の前でも「いつも通り」にふるまわなくちゃいけないと思って、そう思えば思うほど緊張して、ぎくしゃくしてしまう。いつも僕は先生にどんな風に接していたっけ?  僕はなるべく先生と目を合わせないようにして、やり過ごした。先生から話しかけられることもなく、なんとかすべての授業を終えた。  だったらさっさと帰ればいいものを、つい気になって、僕はまた冷水器の水を飲みに行き、先生の様子を探った。先生は質問に来ていた中3生の相手をしていて、僕のところからはちょうどその生徒が壁になり、先生の姿は見えない。そう思った途端に、その生徒がその場を離れて、僕と先生はばっちり目が合ってしまった。僕は何となくお辞儀をした。  そしたら、先生がずんずんと僕のところに来た。緊張する。「夏期講習、どうするんだ? 1年でも、ほとんど全員参加するぞ。」 「せ……先生は、どのタームですか。」  夏期講習の日程は、復習メインの前期、先取りメインの中期、テストを繰り返しやるといった実践メインの後期と、3つのタームに分かれていて、全部通しで参加することもできたし、ひとつだけ選ぶこともできた。 「そういうことで選ぶなよ。」 「選びますよ。」普通に、いつも通りにと思っていたはずなのに、なんだか急に先生を困らせたくなった。 「俺の担当するタームにするの? それとも、俺のタームは避けたいわけ?」 「先生のタームにします。先生に会えるんでもなきゃ、夏休みまで勉強したくない。」 「……参ったな。」先生は天井を見上げて、すぐまた僕を見た。「俺がおまえの学習意欲に役立つなら嬉しいんだけどさ。」 「菜月だってそうでしょ。なんで僕だけ。」その理由は、昨日の涼矢さんとの話で、もうわかったけど。 「菜月は関係ないだろ。それにあの子、塾移るってよ。だから、ここの夏期講習は来ないよ。」 「えっ?」 「もっと受験向きの、大手の進学塾に移るんだよ。まあ、あの子成績いいし、競り合ったほうが伸びるタイプだからな、ここよりそっちのほうがいいと思う。……なんて、ここのバイトの俺が言っちゃだめだけど。」 「先生、淋しい? 菜月がいなくなったら。」 「そりゃそうだ。」 「僕だったら? もし僕がここ辞めるって言ったら?」 「淋しいに決まってる。」その時、ほかの先生が「都倉先生、お電話です。」と声をかけてきた。先生はとっさにそっちを振り向いて「はい。」と返事してから、僕に向かって早口で「俺は中期と後期。でも、おまえは復習やったほうがいいぞ。」と言い、慌ただしく電話に向かっていった。

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