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第18話 告げ口(3)
明日から夏休みという日。塾も1学期最後の通常授業だった。先生は、この日も「塩谷くん」で、「はーい、おつかれさん」だった。
いいかげん腹が立ったので、涼矢さんに言いつけることにした。これについては、涼矢さんにとっては恋人の悪口ってことになるから、言わないでいようと思っていたのだけれど、さすがに、もう我慢できない。僕だっていろいろ気を使ってるのにさ。
文句を文字で打つのがまどろっこしくて、僕はまず「今電話してもいいですか」とだけメッセージを送った。そしたら、涼矢さんのほうからかかってきた。
「どうした?」すごく心配している声だ。罪悪感が押し寄せる。
「すいません、具合悪いとかじゃないです。元気です。」
「ああ、良かった。」
「今日は、聞いてもらいたいことがあるんです!」
「な、何?」ちょっと引いてる。これからもっと引くに違いない。
「都倉先生がひどいんです。僕への態度。」
「え、そうなの?」
「超素っ気ないっていうか。目もあんまり合わせてくれないし、今まで明生って呼んでたのに、塩谷くん、だって。」
「ああ、そっか……。」涼矢さんのその返事には、「言おうかなどうしようかな」みたいな雰囲気があった。
「何か知ってるんですか。」
「うーん。本当はあんまり言っちゃいけないのかもしれないけど。」
「何ですか。」
「塾のね、塾長さんかな? 一番偉い人。」
「僕たちは教室長って呼んでます。」
「じゃあ、その、教室長さんに注意されたらしいよ。生徒と馴れ馴れしすぎるって。人気があるのは結構だけど、名前呼び捨てや雑談はやめなさいって言われたって。明生くんだけじゃないんじゃない? 呼び方変わったの。」
言われてみれば、ほかの子もそうだった、かも。自分のことばかりで、気が回っていなかった……。
「和樹はコミュ力がありすぎて、誰とでも友達になっちゃうんだよね。でも、一応、先生と生徒だから。」
「そっか……。」
「彼、人の懐に入るのは上手だけど、人の上に立つタイプじゃないんだよ。それがよく塾講なんかやる気になったものだと……ああ、ごめん、明生くんにとってはあれでも先生なのに。」
「あれでも、って。」僕は笑ってしまった。「でも、本当に、先生としてもすごいんですよ。授業、わかりやすいし。確か、お兄さんが高校の先生って言ってましたよね?」
「そうそう。お兄さんは、本当にしっかりした、尊敬できる人。あの性格は、あのお兄さんの弟だからかもね。しっかり者の兄と、甘え上手で要領の良い弟。」
「涼矢さん、先生のお兄さんも知ってるんだ?」
「うん、まあ。たまにごはん食べに連れてってもらったりしてる。」
「いいなあ。」
「俺、一人っ子だからね、ちょっと嬉しい。」
わ、涼矢さん、可愛いこと言うなぁ。「僕も一人っ子。でも、お兄ちゃんがいるんです。」
「え?」
一人っ子でお兄ちゃんがいる……じゃ、そういう反応になるよね。「えーと、赤ちゃんの時に死んじゃった、双子のお兄ちゃんがいるんです。そんなわけで、今は一人っ子ってことになってるけど、本当はお兄ちゃんがいて、写真をいつも机に置いていて、だから、一緒にいるみたいなもんなんです。」
「ああ、そうか。それはいいね。」
いいねと言われたのは初めてだった。
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