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第19話 告げ口(4)

 お兄ちゃんのことはあまり人には話さないけど、たまに詳しく聞きたがる人もいるから、正直に赤ちゃんの時に死んじゃった、と言うと、ほとんどの人は、しまった、悪いことを聞いた、という顔をするし、中には「変なこと聞いてごめんなさい」と謝ってくる人までいる。お兄ちゃんのことは悪いことでも変なことでもないんだけどな。だから、涼矢さんのこの反応に、僕は少しびっくりした。でも、どこかで、やっぱり涼矢さんだ、とも思った。そんな気がしたから、聞かれたわけでもないのに、自分からお兄ちゃんの話をしたんだ。 「僕はお兄ちゃんが好きなんです。記憶もないし、話すこともできないけど。」と僕も言った。 「絶対にいなくならないお兄ちゃんでしょ。いいよね。」 「うん。いいでしょ。」僕は泣きそうだった。 「俺にも弟分がいるよ。すっげえ馬鹿なんだけど、可愛いの。幼馴染の弟で、俺になついてる。」 「すっげえ馬鹿って、ひどい言い方。」 「だって馬鹿なんだもん。そいつ、性格はホント良い子なんだけど、馬鹿だからいろいろだまされるしさ。そういうの見てると、つくづく勉強はしていおいたほうがいいと思うよ。明生くんも頑張ってよ。」 「はい。」  そんな話をして、電話を切った。涼矢さんに電話して良かった。そうか、先生が急に素っ気なくなったのは、そんな理由があったんだ。都倉先生は先生の中でも若くてイケメンで話しやすいから、水泳教室の時もそうだったけど、塾でも人気で、休み時間もいつも誰かに話しかけられている。授業でも雑談で盛り上がり過ぎて、隣の教室から別の先生が来て「うるさい」と叱られた時もあったっけ。そういうの、教室長みたいな大人にはふざけているように見えて、先生はもっと先生らしくしなさい!と思うのかもしれない。だとしたら、先生に悪いことをしたのは、僕たち生徒のほうだ。とにかく、僕との「個人的な問題」とは関係なかったんだったら、良かった。でも、それならそう言ってくれればいいのに、と思っちゃうけど。  それにしても、涼矢さんの言っていた、先生のお兄さんの話に、馬鹿とか言われちゃってる弟分の話。僕は、その「お兄さん」も「弟分」も、少し羨ましい。涼矢さんとそんな形で関われるなんて。今の僕と涼矢さんて、何なんだろう。友達、と言うのは図々しい。涼矢さんが誰かに僕を紹介するとしたら……彼氏の教え子? 意味分かんないよね、それって。涼矢さんが、先生のお兄さんを慕ってるみたいに、僕も涼矢さんともっと仲良くなれたらいいな。  翌日、夏休み初日。この素晴らしい日が、なんと夏期講習の一日目なんだ。ダラけさせないように、という策略だろう。まったく、大人の考えることって。  都倉先生がいない塾に行く。菜月もいない。なんかぽっかりと、淋しい。いや、菜月は別に、いいんだけど。講習は朝10時からお昼をはさんで、午後2時まで。普通に授業を受けて、家に帰っても、3時前。まだ遊ぶ時間は充分ある。家には飼い猫の茶々以外、誰もいない。お母さんはこの時間、パートに行ってるんだ。4時頃には帰ってきてしまうから、その前に遊びに出かけちゃおう。  友達と約束してるわけじゃないから、とりあえずまた例のアーケード商店街をプラプラする。誕生日以来、なんとなく「欲しいもの」を探してるけど、まだ見つからない。ゲーセンでシューティングゲームをちょっとやって、すぐ出てきた。喉が渇いたし、暑いから、コンビニで何か買おうかな。そんなことを考えていたら、向こうから、知った顔がやってきた。え、これって、誕生日と同じパターン。だって、それ、都倉先生だったんだ。思わず隣に涼矢さんを探したけど、いなかった。 「先生。」今回は僕から積極的に声をかけてみた。塾じゃないから、少しはよそよそしい態度じゃなくて、元の、親しげな感じに戻ってくれないかな、と期待して。 「よう、明生。」よかった。先生、明生だって。すごく嬉しい。それだけで、すごくすごく嬉しい。「また会ったな。」

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