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第23話 告げ口(8)
「ま、ともかく、今、お店の中なんで、込み入ったことはまた後で連絡するわ。」そう言って先生は電話を切る。「で、明生。」先生は改めて僕を見た。「やっぱり、きちんと話しておいたほうがいいと思うから言うけど。」
「はい。」僕は緊張する。先生と目を合わせる勇気がなくて、うつむいた。
「俺はね、生徒としておまえが可愛いし、それを抜いても、素直な良い子で、可愛いと思ってるよ。弟がいたらこんな感じかなって思う。水泳教室からのつきあいだし、まあ、涼矢のことも知ってるし、正直ね、他の生徒とは違った思い入れがある。先生としてはそういうの良くないんだろうけどさ。でも、それ以上でもないし、それ以下でもないんだ。わかるよな?」
「……はい。」そんなことはわかってる。それから、先生が僕を傷つけないように言葉を選んでくれていることも、わかる。でもやっぱり、はっきり言われると、それなりに、凹む、な……。
「すげえひどいこと言ってるの、わかってるけど、できれば、これからも、今のままの距離感つうの? 先生と生徒でいてほしいんだ。もしどうしてもそれがキツイっていうなら、俺があの塾、辞めるから。」
「辞めるなんて、そんな、そんなこと言われちゃったら僕……。」
「ごめん、これじゃ脅してるみたいだよな。つまりさ、おまえを傷つけてまでやんなきゃいけない仕事じゃないってこと。俺、塾の仕事、それなりに責任持ってはいるつもりだけど、まあ、所詮バイトはバイトなんだしさ、おまえの気持ちのほうが大事。俺だって明生が大事なんだよ?」
うん。うん。先生に嫌われてないことはよく分かった。僕が大事だって言葉にも嘘はないって、伝わってきた。うん。それで充分だって、そう、思わなくちゃいけない、よね。
「……はい。わかってます。いいんです、僕、別に、その、先生のこと、えっと、好き…ていうか……そうなんだけど、その好きは、アイドルが好きなのと変わんないんだと思います。だから、辞めるとか言わないでほしいです。」
「うん。ありがとな。」
「涼矢さんにも、もう、連絡しないようにします。」
「いや、それは、別にいいけど。てか、してやってほしい。俺にコソコソしない範囲だけどな。あいつだっておまえのことが可愛いんだろうし、おまえがあいつと話してて楽しいって思ってくれるなら、あいつ自身、救われるところがあるんだと思うんだよ。」最後のほうになるにつれて声が小さくなっていって、僕に話すと言うより、自分に言い聞かせているみたいだった。
「涼矢さんと話すの、楽しいです。僕の話なんて、くだらない話ばっかで、つまんないだろうし、迷惑かけてると思うけど。」
「その心配はないよ。あいつ、ホントにつまんないと思えば結構簡単にスパーンと切り捨てるから。我慢して相手するようなことはしないから。」
「涼矢さん、ああ見えてドSっすよね。うちのバカ兄貴に対する態度とか、マジパネエ。和樹さん、ある日突然別れようなんて言われたらどうします?」
「おまえさ、馬鹿のくせにちょいちょい核心つくのやめてね。それに、こどもの前なんだからさ、もう少し話す内容ってものを考えて。」
「うす、気をつけるっす。です。」
僕は吹き出しそうになるのを、なんとかこらえた。
先生がそれに気付いたかどうかわからないけど、少し間があって、「話がそれたけど、だから、涼矢と連絡取りあうのは、良いよ。」と言い、一段声を低くして「ただ、あいつを傷つけるようなことがあったら、俺だって、いくらおまえがこどもでも、教え子でも、容赦しないから。」と言った。
僕はそれまで、うつむいて、たまに先生の顔をちらちらと見ていただけだったのだけれど、そう言われたら、そうしなくちゃいけない気がして、先生の顔をちゃんと正面から見た。本気の目だった。「はい。」
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