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第31話 里帰り(7)
先生と涼矢さん、僕は2人とも大好きだし、2人が一緒に楽しく過ごしていると思うとこっちまで幸せな気持ちになる。でも、そこに自分の居場所はないこと、先生は絶対に僕を「そういう目で」見ることはないってことにやり場のない気持ちが湧きあがってしまう。
そういう目、と自分で思ってから、それってどういう目だ、と思う。僕は、ついこの間まで、ていうか今日、カケルの家でああいうのを見るまで、先生のことは好きだけど、キスしたいとかそういう風に好きじゃないって思ってた。テレビのアイドルに憧れるように好きなだけだって。先生自身にも、そう伝えたし。
でも、それならどうして、涼矢さんに対しては、こういう「イライラ」は感じないんだろう。涼矢さんだって結構カッコいいし、性格的には先生より優しい。実はドSなんて言われてたけど、少なくとも僕に対しては優しい。そんな涼矢さんは、「こういうお兄さんがいたらな」とか「こういう大人になりたいな」みたいな感じの、そう、こっちこそ「憧れの人」だ。
都倉先生には……お兄さんになんかなってほしくない。もっと、なんか。違うんだ。
今日カケルの家で見たAV。ケントとミヤビの話。生々しい映像と、生々しい同級生カップルの話。今までモヤモヤとしたものでしかなかった「何か」が急に形を持って、僕に迫ってくる。
2つ目のAVは、女子大生の家庭教師と高校生の生徒の話だった。家庭教師の先生のほうから、良い点取ったらキスしてあげるとか、胸を触らせてあげるとか言ってユーワクするんだ。生徒役のほうは、その人を「先生」って呼んでいて、その響きのせいで、僕はその時、生徒役に自分を重ねてたと思う。もし、都倉先生に「良い点取ったらキスしてあげる」なんて言われたら、僕はどうなっちゃうんだろう。
絶対そんなことはありえないけどさ。先生たちって、なんやかんや言ってラブラブで、お互いが別の人にそんなことしたら絶対許さない感じだもんね。涼矢さんは先生の話題になると豹変するし、先生に至っては涼矢さんに何かしたら「容赦しない」ってマジ切れする勢いだし。
でも、ありえるかどうかとは別の問題として、僕は今まで経験したことのないほどの、「イライラ」というか「モヤモヤ」というか、そういうものが自分の身に迫ってきていて、まずは、この問題をなんとかしないといけない事態になっていた。いや、その正体は僕にもわかっている。それは本当はイライラでもモヤモヤでもなくて、「ムラムラ」だ。
僕は、先生の顔を思い浮かべた。AVの家庭教師みたいに、僕のこの部屋で、2人きりで、僕の横に座る先生を想像した。それから、明生って僕を呼ぶ声を思い出した。宿題をチェックする時の、先生の手を思い出した。あの声で、「キスしてあげる」って言われて、あの手で、僕の顔に触れて、あの唇が、僕にキスしてくるのを、想像した。
そして、パンツの中に、手を、入れた。自分の意志で、こういうことをするのは、初めてだった。
翌朝、僕は目が覚めた瞬間から、なんともいえない罪悪感に襲われた。
昨夜僕は、大人の階段をひとつ上がってしまった。……なんて、いくらきれいな言い方をしたところで、この罪悪感はなくならない。
先生。ごめんなさい。僕はあなたでHな想像をして、あろうことか、ついに自分で、ソレをしてしまいました。
そして涼矢さん。僕はあなたを尊敬しているというのに、そのあなたの恋人で、そんなことをしてしまいました。
夏期講習で先生に会う時、どんな顔したらいいんだろう。いやいや、そりゃあ、今まで通りの、普通の。それしかない。絶対に、絶対にバレちゃいけない。僕が先生を好きなことはとっくにバレてるけど、とっくに振られてもいる。単なる「先生と生徒」でいてほしいと、はっきり言われてもいる。僕もそのつもりだ。もしこんなことがバレたら「先生と生徒」ですらいられなくなる。それだけは嫌だ。
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