33 / 62
第33話 ただいま(2)
僕は自分の、こういう冒険しない性格、思いきったことのできない、石橋を叩いた末に結局渡らないような性格が、あんまり好きじゃない。ハルトや菜月みたいに好奇心旺盛で、思い立ったらすぐ行動するような性格に憧れる。でも、僕のこういう気弱さや慎重さってものを良いと言ってくれる人もたまにいて、これは僕の勘なんだけど、涼矢さんもそうなんだと思う。僕が菜月みたいに最初から先生を好き好きアピールできる子だったら、涼矢さんは僕にこんな優しくなかっただろう、そんな気がするんだ。ウジウジしてて言いたいことも言えない僕だからこそ、涼矢さんは僕に気が付いてくれて、連絡先交換しようって言ってくれて、僕なんかとこんな話もしてくれる。だから僕は、涼矢さんに対して、あんまりズカズカと土足で踏み込むようなことを言ってはいけないんだと思う。それがせめてもの礼儀というか。
[今度涼矢さんがこっち来る時は、ディズニーランドはどうですか?]
[そうだね 行こうね]
[先生とデートしたら?って言ってるんです!(笑)]
[俺たち田舎もんだから 明生くんが案内してよ]
[嫌です~ 2人のイチャイチャ見たくないです~]
[イチャイチャなんかしません]
[あ、それか、逆に思いっきりイチャイチャしてくれるんだったら一緒に行ってあげますよ ペアルック着て(笑)]
[だっせ]
[おそろいのピアスしてるくせに]
[同じ服はヤダ]
[知らないんですか、今ディズニーって男だけのグループでおそろいの服とか着て来るの普通なんですよ]
[じゃあ明生くんも着てね]
[ヤダ]
[(笑)]
[だって同じ服なんか着たら、僕だけカッコ悪いのが余計目立つもん]
[そんなことないよ]
[先生イケメンだし 涼矢さんもだけど]
[うん 和樹はイケメン]
[うわ ノロケ(笑)]
[ノロケではありません 太陽が東から昇り西に沈むがごとくの事実を述べたまでです]
[つまり自慢の彼氏なんですね]
[はい 顔は特に]
[普通はそれをノロケって言うんです ゴチソーサマデース オヤスミナサーイ]
返信を見る前に、スマホをオフにした。あんな堂々とノロケられると、なんか僕の気遣いとかバカバカしくなってくるよね。でも、こうして涼矢さんと会話した後って、いつも、ちょっと幸せな気分というか、人を好きになるっていいな、僕もそういう恋愛がしたいなって気になれるのが不思議。やっぱり僕は、2人のファンだ。
翌日、いよいよ都倉先生の授業もある、中期タームの夏期講習が始まった。塾に着いた時には先生は席にいなくて、授業で久々に顔を合わせることになった。国語はお昼明けの一番眠くなる時間帯だったけど、眠くなるどころじゃなかった。
先生は特に変わったところはない。夏休み前と同じ。授業の中で、塩谷くん、と僕を指名する時もあったけど、そう呼ぶ理由もわかった今、そのことは、特に気にならない。でも、僕は一人で勝手に緊張していた。すみません、ごめんなさい、と心の中で何度も謝った。
なんとかこの日の授業がすべて終わり、僕は一番に教室を出た。教室はビルの4階にあって、エレベーターもあるけど、僕はいつも階段で降りる。3階と4階の間の踊り場のところで、後ろから肩を掴まれた。振り向くと、先生だった。
「明生。」苗字じゃなくて下の名前で呼ばれた。それだけで、体が熱くなった。「どうした、顔真っ赤。熱でもあるんじゃないの?」そう言って先生の手が僕の額に触れそうになった瞬間、僕は反射的によけた。オデコなんか触られたら、本当に熱が出るよ。
「だ、大丈夫です。」
「そう?」
「見たいテレビがあって、急いでて。」
「そっか、それならいいんだけど。様子がずっと変だったからさ。引きとめて悪いね。」
「あっ、はい、すいません、ありがとうございます。じゃっ。」僕は逃げるようにその場を後にした。
1階まで駆け下りた。心臓が爆発しそうなのは駆け下りたせいじゃない。名前を呼ばれて、肩を掴まれた。その声が耳から離れないし、肩に触れた手の感触も。僕は先生が触れた肩に自分で触れた。どうしよう。
ともだちにシェアしよう!