34 / 62
第34話 ただいま(3)
どうしよう。
僕は家に飛んで帰った。いつも通りお母さんはパートでいない。部屋にこもって、昨日の夜と、同じことをした。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……。気持ち良いのと、罪悪感とで、僕の頭はぐちゃぐちゃだ。
夜、涼矢さんからまたメッセージが来た。その時には、さすがにもう落ち着いてはいたのだけれど。
[講習どうだった?]
[普通]
[普通って(笑)]
[あ、でも英語の単語テストとか毎回やるんですけど それと漢字の小テストは全部できました!]
[おーやったね がんばってるね]
[1学期の成績 あんまり良くなかったから ちょっとはがんばらないと]
[えらいえらい]
[涼矢さんはもう受験しなくていいんですよね いいな 僕これから高校と大学受験でしょー 大学行くかわかんないけど]
[俺には司法試験というものがあってですね……]
[あっ そうか すごく難しいんですよね?]
[すごく難しいです]
[嫌にならない?]
[なる 今もう既に超嫌で辛くて毎日勉強やめたい逃げ出したいと思ってる]
[涼矢さんの弱音? って初めて]
[初めて人に言う 明生くんだから]
[僕でよければどんどん言っちゃってください!!(笑) 先生には言わないんですか]
[言わない]
[心配かけるから?]
[カッコつけたいから]
[おお~ でも 2年ぐらい? つきあってるんだし 今更カッコつけなくてもいいじゃないですか 疲れませんか]
[それでも好きな人には カッコいいと 思われたいなんて 思うわけですよ] サラッと「好きな人」なんて言ってる。涼矢さんって、普通のテンションでノロケるからおもしろい。
[充分カッコいいじゃないですか~]
[ありがとう でも 今は特に 近くにいないし たまの電話とかメールとか 限られた言葉のやりとりでしかつながっていないから余計 あんまりマイナスのこと言いたくない 会えた時はせっかくだから楽しい話しかしたくないし]
[先生からそういう愚痴とかって言わないんですか?]
[ほとんど言わないね アパートの部屋、窓のところにちょうど街灯があって眩しすぎるとか そういう笑い話っぽいボヤキはするけど 本格的な愚痴は聞いたことない]
[大人ってそういうもんですか]
[別に俺らはそんなに大人じゃないよ(笑) お互い見栄っ張りなとこあるからね それに人によると思うよ お互い甘えたり愚痴ったりすることがコミュニケーションだっていう人たちもいると思うしさ でも 俺らはそういう感じじゃない][と言ってるけど 俺、今、明生くんに思いっきり甘えてるね(笑)]
[よしよし(笑)]
[ありがとう 元気出た]
[僕もがんばります]
[うん がんばろうね]
今回は、弱音を吐く涼矢さんにちょっと癒された。涼矢さんみたいな人でも、やっぱり勉強辛いとか思うんだなあ。あと、カッコつけたいとか。欲を言えば、ムラムラした時にすぐに心を落ち着かせる方法なんかを聞いてみたかったけれど、さすがに聞けなかった。たぶん、何か方法は知ってると思うんだけど。
でも、中期ターム初日に涼矢さんとのこの会話をしたおかげで、その後の3日間、さらには後期タームの期間もずっと、先生の前で結構「普通に」振る舞えた。好きな人にはカッコいいと思われたい。僕もその精神を受け継ごうと思ったんだ。ちょっと名前呼ばれたり、ちょっと手が触れたりしただけでいちいち真っ赤になってドキドキしたり、そういうのはカッコ悪い! だからそういう姿は見せない! 勉強してますが何か?って顔して、平然としてみせる! そう心に決めて、がんばった。
しかも、その努力は、対先生だけでなく、僕の成績にも反映するという嬉しいオマケがついた。勉強してますが何か?という顔をするためには、実際に勉強しなくちゃならなかったから、僕は宿題もしっかりこなしたし、予習復習もがっつりしたし、学校の宿題までかなりの気合を入れてやった。そしたら、8月の模試では、結構良い成績が取れたんだ。親ももちろん大喜び。
更に、だ。
ともだちにシェアしよう!