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第35話 ただいま(4)

 夏期講習の最終日。この日は国語が最後のコマだったんだけど、始まる直前、先生は他の人に分からないように「授業の後もそのまま教室に残ってて。」と耳打ちしてきた。この「耳打ち」という行為と、その内容に、僕はなんだかものすごくドキドキしてしまい、最後の最後になって、授業にまるで集中できなかった。  言われた通りに居残っていると、先生は「スマホ出して。」と言い、僕がスマホを取り出してみせると、先生は廊下側に背を向けて、今度は自分のスマホを出してきた。ドアにはガラスの小窓があって、時々教室長が中の様子をチェックしたりするんだ。「俺の連絡先登録して。教室長にバレるとヤバイから、内緒ね。他の子にも。」と言った。僕は慌てて連絡先を登録した。「詳しいことはまた夜にでも連絡するから。」と言ってスマホをしまうと、先生は教室を出た。僕も少し時間をずらして、出た。  さて、お待ちかねの、その、夜。僕はごはんの時も肌身離さずスマホを持ち歩いた。本当はごはんの時はスマホをいじるのはダメっていうのが僕の家のルールなんだけど、こっそりズボンのポケットにしのばせておいたんだ。でも、結局連絡があったのは布団を敷こうとしていた11時近く。普段なら寝てる。でも、夏休みは起きるのも寝るのもすっかり遅くなって、特に寝るのは0時頃になることも時々あったから、今日も余裕で起きてた。あと1週間で夏休みも終わることを考えたら、そろそろリズムを戻さないといけないとは思ってはいるけど、これがなかなか難しい。 [遅くなってごめん まだ起きているかな] これが先生からの第一報。 [起きてますよ] [講習の後片付けとか新学期の準備してたら遅くなっちゃった ごめん もう寝るところ?] [大丈夫です] [手短に言うよ][明日午後 時間あったら 例のカフェ来てくれない? 帰省した時のお土産があるんだ] [本当ですか? やったー 全然ヒマです] [2時頃でいい?] [はい] [あ、それと、塾で生徒と個人的に連絡取るの禁止なんだ だからみんなには黙ってて][じゃよろしく! また明日!] [了解です]  お土産だって。僕にだけ、なのかな。一応、塾でも、生徒たちみんな、ちょっとしたお菓子はもらっていた。ほかの先生からも同じように旅行や帰省のお土産をもらっていたから、それは、そんなに特別なものではなかったんだけど、わざわざこんな風に言ってくるということは、スペシャルなものなんだよね。何だろうなあ。日にちが経ってるから、食べ物ではないのかも。ご当地キャラのキーホルダーみたいなものだったら、ちょっと、いやだな。……まさか、ね。でも、先生、変なトコで僕をコドモ扱いしているところがあるから、危ないな。まあ、コドモだけどさ。そのコドモの僕がああいうことをしてると知ったら、驚くだろうな……。嫌われるかな。嫌われるというか、僕のこと、気持ち悪いと思っちゃうかな。そうだよね。自分のこと、そんな風に見てると思ったら、嫌だよね……。明日、僕、ちゃんとできるかな。授業だったら勉強に逃げることができたけど、カフェで一対一で顔を合わせたら落ち着いていられないかも。  そんな風に、考えてもしょうがないことを考えながら、いつの間にか寝ていた。

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