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第36話 ヴェール(1)

 僕は約束の10分前にお店に着いた。外から覗いてみる。店内全部は見渡せない。とりあえず見える範囲に先生はいなかった。店内で待つことも考えたけど、先に注文していいのかとか、よくわからなかったから、お店の前で立って待つことにした。  そう決めたその時に、スマホが震えた。先生からの着信だ。「ごめん、少し遅れるかも。先に入って待っててくれる? 好きなもの頼んでね。」だって。僕は言うとおりにした。 「何名様ですか?」店員さんに聞かれて、「2人です。」と答えると、店員さんは僕の後ろを探すように見た。「あ、もう1人は後から来ます。今は1人です。」と慌てて答えた。考えてみたら、僕はこういう感じのお店に1人で入るのは初めてだ。ハンバーガー屋とかだったら、1人で入ったこともあるけど。 「お待ち合わせですね。」と確認されたからうなずいた。「おタバコは」と言いかけてやめる店員さん。僕がどう見てもタバコを吸う年には見えなかったからだろう。「こちら側が禁煙席となっております。空いてるテーブル、お好きなところにどうぞ。」と言われ、僕は出入口に近い、お店に入って来る人が良く見える席を選んだ。  好きなものを頼んでいいと言われたけど、お土産も貰う上に高いものをごちそうになるのは気が引ける。僕はポン太さんより気を使うタイプなんだ。結局アイスティーを頼んだ。スマホをいじって待っていたら、ドアが開く音がした。先生だった。先生はぐるっと店内を見渡して、すぐに僕を見つけて小さく手を振った。僕も振り返す。店員さんがそれを見て、僕と待ち合わせている人だと分かって僕のいるテーブルに案内しようとしていたみたいだったけど、その後も先生は何やら店員さんと話している。やがて店員さんと先生、それともう1人がその後ろから入ってきて、こちらに向かってきた。  最後の1人は、涼矢さんだった。僕がびっくりしていると、近くにまで来た先生がにこにこしながら「こういうわけなんで、広い席に移ってもらっていいかな。」と言った。僕が2人掛けの席に座っていたせいだ。 「お飲み物はお持ちいたしますので、そのままご移動だけお願いします。」と店員さんが僕に言い、僕は先生に続いて、別の広い席に移った。  新たに座り直したのはお店の奥の、6人掛けの席だったから、広々と座れた。  僕のアイスティーも運んでもらって、2人が頼んだアイスコーヒーも来て、ようやく3人で落ち着いたところで、僕は改めて「びっくりした……。」と呟いた。 「はい、お土産。」先生は自分の隣の涼矢さんを指差してそう言い、笑った。 「いつこっち来たんですか。」と僕は涼矢さんに聞いた。 「さっき。で、和樹んち寄ってすぐ、ここに来た。」と涼矢さん。 「そしたら、うちのほう電車が遅れててさ、待たせちゃったね、ごめん。」と先生。 「先生んちってこの近くじゃないんですか?」二度もこの商店街で会ったから、てっきり近くに住んでいるとばかり思ってたんだけど。 「俺のアパートは2駅隣。」 「そうなんですか。それにしても、涼矢さん、東京来るなんて全然言ってなかったじゃないですか。」 「急に決めたからね。」 「おまえ、結構突然来るよな。今回だって昨日になってこっち来るって言いだして。」 「突然来られると困る?」涼矢さんが先生をニヤニヤしながら見る。なんか意味深……。 「困らないけどさ、そのために合鍵だって渡して」まで言って、少し気まずそうにする先生。あ、僕に気を使っているのか。涼矢さんが合鍵持ってたって、今となっては驚きやしないのに。「バイトとかサークルとか、俺だって予定あって、相手出来ない時もあるわけだから。」と言い直す。 「先生、サークルやってるんだ。何のサークルですか?」 「学祭の実行委員会。あれだよ、秋にやる、学園祭の裏方。ほぼ幽霊部員になっちゃってるけど。」 「へえ。」 「明生も遊びにきなよ。連絡くれれば案内するよ。クレープや焼きそばの屋台も出るし、菜月とか呼んでさ。」 「菜月なんか呼ばないし。」 「あ、そういや中学生ってそういう感じだったっけ。男女を変に意識して張り合っちゃう、みたいな。なんか懐かしいな。」と先生。うーん、やっぱりコドモ扱い。 「大学生は意識しないんですか。」 「するけど、意識しつつ友達として仲良くできるようになるんだよ。」先生が余裕たっぷりにそんなことを言うと、 「おまえは高校の頃から仲良くし過ぎだったけどな。いや、あれは友達として、じゃないか。」と涼矢さんがつっこんだ。 「ああ、なんか想像できます。」と僕が言ったら、 「なんでだよ!」と、先生は笑いながら怒った。 「涼矢さんもサークルやってるんですか?」 「いや、もっぱらお勉強三昧の真面目な学生だよ。この人と違って。」そっか、涼矢さん勉強大変そうだもんな。 「だったら遊びに来てないで、勉強してればいいだろ。」さっきの仕返しのつもりか、先生がそんなことを言う。 「だってディズニーランドに行きたくなっちゃって。シーでもいいけど。だからね、今回はおまえに会いに来たんじゃないの。ウォルトに会いに来たの。」 「はい?」 「この間、明生くんとそんな話してたらさ、そう言えば修学旅行以来行っていないなあと思って。」あ、そうなんだ。 「ペアルック、してくれるんですか。」わざとそんなことを言ってみる。先生がポカンとしてて、おかしい。 「明生くんもするならね。」 「ミッキーの耳つける?」と更に言ってみる。 「明生くんがミニーの耳つけてくれるならね。」 「それは先生がつけるべきじゃない?」  涼矢さんは先生の顔を見た。「つける? なんか、和樹はそういうの抵抗なさそう。」

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