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第39話 ヴェール(4)

「そっかあ。それは悪かったな。でもなあ、オトナとコドモってどこで分けるんだろうな……。」先生が言おうしているのは、中学まではコドモとか、20歳だからオトナとか、そういうことではなくて、もっと精神的なもののことだってのはわかっていたけれど、僕にはひとつ、是非とも2人に知っておいてもらいたいことがあった。 「僕はチン毛も生えてます。少し前に友達と見せっこしたら、僕は割と多い方でした。」 「…………。」2人はちょっと絶句した後、大笑いした。「そうかそうか、それじゃしっかりオトナだなっ。」  その後、先生は僕のお母さんにも連絡を取って、僕をディズニーランドに連れて行く承諾を取り付けてくれた。お母さんは水泳教室の時から都倉先生とは顔を合わせていたし、塾の面談の時に少し話をしたこともある。あの顔だから好印象であるのは間違いない。その上、僕が先生の授業はわかりやすいと話したこともあったし、特に夏期講習で国語の成績はすごく上がったから、なおさらだろう。  先生、電話で「実は生徒さん全員じゃなくて、結果を出した子に個人的に声かけしているので、他言はしないでいただけると助かるのですが。明生くん、講習がんばって模試も良い結果を出したし、学校の宿題もちゃんと終わらせているというし、ご褒美に連れて行きたいんです。」なんて、僕のことを持ちあげてくれつつ、口止めしていた。個人的に生徒と遊びに行ったなんて、うっかり教室長の耳に入るとマズイもんね。こういうところを見せられる方が、先生はオトナで、自分はまだコドモなんだって納得するよ。  そんな風に感心していたら、涼矢さんも「さすが、和樹は口が上手いな。女性に対しては特に。」と呟いた。 「教師ってさ、コドモの扱いより、母親の扱いがうまいほうが向いてると思うね。」 「じゃあ、おまえ教師に向いてるんじゃないの?」 「うーん、そうなんだよな。俺、結構本気でそれもいいかなって思ってんの、最近。教えるの、楽しいんだよ。」 「えっ、先生、本物の先生になるの?」 「俺の兄貴も教師だし、さっき言ってた水泳部の部長やってた奴も教師目指してて、俺にとっては結構身近な職業ではあるんだよね。こういうバイト選んだのも、無意識にそういうの、関係してるんだろうな。一応教職課程はとってるし。」先生が僕をまっすぐに見た。「どう思う? 俺、なれるかな?」 「いいと思う。すごくいい。先生、今、大学2年生でしょう、えーと、3年後にデビュー? ってことは、僕が高校生になる時? そしたら先生、高校の先生になってよ。僕、先生がいる高校に入るから。」僕はなんかワクワクした。 「マジで嬉しいね、そんな風に言ってくれると。じゃあ、がんばっちゃおっかな。」 「がんばってください! 国語の先生ですか?」 「社会科だな。俺、経済学部だから。」 「涼矢さんは何学部?」 「法学部。」 「そっか、弁護士志望ですもんね。そういう、進路? っていつ、どうやって決めたんですか?」 「俺は親がそういう関係だったから自動的にそうなった感じだな。あと、稼ぎがいい職業に就きたいんで。」と涼矢さん。 「親のことは知ってたけど、稼ぎがいいなんて理由は、俺も初耳だな。」先生が言った。 「俺は人類の増殖に貢献できないから、せめて税金をたくさん納めて、社会的弱者の救済ができる人になろうと思って。」淡々と言う。僕にはよく意味が分からない。それが伝わったのか、涼矢さんは僕ににこっと笑いかけて、言い直した。「つまり、俺はゲイなので、こどもが残せない。だからその代わりにたくさんお金を稼いで社会の役に立ちたい。」  あ。ああ、そういうことか。……そういう、こと、か……。意味は分かったけど今度は、どう反応していいのか、分からない。 「ホントに、真面目だな。」先生が笑った。そっか、笑って良かったのか。 「知らなかったか?」 「……知ってたけど。」先生が微笑んだ。  こういう時にふと流れる、2人の間の優しい空気が、僕は好きだ。

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