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第40話 ヴェール(5)
さて、3日後。僕たちは東京ディズニーランドにいた。
エミリさんも僕たちも中央線沿線に住んでいる。だから、僕がエミリさんと初めて顔を合わせたのは、待ち合わせをした中央線の駅のホームでのことだった。
「おはよう! はじめまして! 堀田 エミリです!」エミリさんはきれいで姿勢が良くて元気のいい女の人だった。
「こんにちは。塩谷明生です。」僕はペコリとお辞儀した。
「やだー、可愛い!」とエミリさんが僕の頭を撫でまわした。きれいだけど、やることはポン太さんと同じだ。
「カワイイだってよ。怒っていいぞ、明生。」先生が言う。
「明生? 明生って呼んでるの? あたしも明生って呼んでいい?」
「あ、は、はい。」
「あたしのことはエミリでいいからねっ。よし、しゅっぱーつ!」エミリさんはとにかく元気だった。実はこの時まだ7時前。開園に間に合うように早く待ち合わせたから、正直、僕は眠かったんだけど、エミリさんの勢いで、目が覚めた。
中央線、そして東京駅で乗り換えた京葉線の中でも、エミリさんは元気だった。
「涼矢も実際会うのは久しぶりだよね。ほら、あたし、お正月も今年帰省してないから。」
「海外行ってたんだろ。」
「そうなのよ。今年がラストチャンスかなって、海外まで行ってトレーニングしてさあ。でもダメだったわ。強化選手、なれなかった。」
「いいとこまで行ったのにな。」
「限界なのはわかってたからね。まあ、いいわ、次の目標、見つけたし。」
「さすが。で、何? 次の目標って。」
「とか言って、実はまだ具体的には全然なんだけど。怪我した選手のリハビリとか、障害者スポーツとか、なんか、そういう系の勉強しようと思ってんの。」
「え、なんでまた?」先生が会話の輪に加わる。
「ジャーン。」エミリさんはスマホの画面を見せた。僕にもちゃんと見えるように。「カ・レ・シ。」
画像の男性は、車椅子に乗っていた。その人を背後から抱きしめるようにして笑っている、エミリさん。2人とも、すごく良い笑顔で写ってた。
「車椅子バスケの選手なの。うちの大学、地域のこども向けにスポーツイベントやってて、参加した時に知り合った人。」
「へえ、カッコ良い人だな。」涼矢さんは画面を見つめて、言った。
「でしょ?」
「その目標は、彼のため?」
「そうね、それが一番。でも、彼と出会う前から勉強は始めてたのよ。もともと選手で一生食べていけるとは思ってなかったから。それに、彼、知り合った時には、車椅子じゃなかったの。つきあって2カ月後の事故でそうなった。2ヶ月で3回しかデートしてなかったんだけど、その時に思っちゃったのよ、ああ、あたしは彼と出会うために、そういう勉強してたのかって。」
「運命って思った?」
「そうそう。」エミリさんは快活に笑った。結構、大変な話の気がするけど……。なんか、すごい人だな。
「治るの?」と僕は聞いた。
「うーん、治らないわね。片足の膝から下、切断してるから。でも、将来的には義足を使っての自力歩行は行ける可能性はあるの。今はそれが目標。」
「え……。」聞いてはいけないことだった、かな。でも、彼の話をするエミリさんはとても幸せそうだ。
「あはは、明生、大丈夫よ。そんな顔しないで。びっくりしちゃった?」
「あ、いえ。すごいなって思って。その人もエミリさんも。」
「やだ、エミリでいいってば。それにしても明生、あんたおもしろい子ね。今、変なこと聞いてごめんって言うと思ったのに、言わなかった。」
「僕も、そういうことあるから。あの、僕、双子の兄がいて、でも赤ちゃんの時に死んじゃってて、その話すると、相手の人が、ごめんって言うんです。でも僕は、ごめんって言われたくなくて。」
「あー、わかる、わかりすぎるわ、それ。相手の人の優しさだってのはわかるけど、でも、ちょっとあるよね。ひっかかりが。」
「そうなんです!」
いいねと言ってくれた涼矢さんに引き続き、お兄ちゃんのことをわかってくれる人がいて、本当に嬉しい。さすが2人の女友達をやってるだけのことはあって、只者じゃないな、エミリさん。
「あんたたちの息子、良い子に育ってるじゃないの。」エミリさんは先生に向かってそう言った。……息子?
「ええ、おかげさまで。」と涼矢さん。涼矢さんて、こういうツッコミには動じないんだな。
「俺は産んだ覚えはないぞ。」と先生。
「じゃあ、俺かな。」と涼矢さん。「俺、嫁だしな?」
「ふぇっ?」と変な声を出したのは僕と先生だった。
「あれ、明生、2人の関係、知ってるんじゃないの?」
「し、知ってますけど。嫁なんて言うから。」
「俺、和樹の嫁になるんだ。プロポーズされ済み。」涼矢さんがあっさりと言う。「な?」
「馬鹿、このタイミングで言うな。」と先生。……プロポーズは、本当なんだ。
「だから花嫁ベールつけたかったんだけど、エミリに譲れって。ひどいよね。」と涼矢さん。「これなんだけどさ。」バッグからミニー仕様のベールつきカチューシャを出して見せた。ミニーの耳と、ピンクのバラの飾り、そして薄い素材のベールが見えた。
「まあ可愛い。涼矢、これつけたかったんだ?」
「うん。でも、いいよ。エミリが使って。」
「すごくつけづらいじゃないの。」
涼矢さんは笑った。「嘘だよ。つけたいわけないだろ。ただ、帰る時、返してくれる? それ、おふくろにあげたいから。」
「えっ。」またも僕と先生は、涼矢さんの発言に驚かされる。
「うちの親、ディズニー大好きなんだけど、忙しくてなかなか両親揃っては来られなくてね。結婚式も挙げてないし、今年ちょうど銀婚式だから写真だけでも結婚式挙げさせてやろうと思ってんの。ウェディングドレスは死んでも着ないような人だけど、これだったらつけてくれそうだからさ。」
「なんでそれを今言うんだよ!」先生が言う。まったくだ。涼矢さん、変わった趣味してるなって思っちゃってたよ。
「君たちの反応がおもしろかったから。」と涼矢さん。うん、ドSという噂の意味がだんだんわかってきたぞ。
先生が何か言い返そうとしていたけど、ちょうど電車が舞浜駅に到着して、会話は中断した。
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