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第42話 エミリの話(2)

「うーん。それもやっぱ和樹のおかげかな。あたし、大学入ってすぐ、彼氏ができたの。涼矢とはぜーんぜん違う、もっさい人。でも、優しそうだったし、先輩の紹介だったから信用しちゃったのよね。涼矢のこと早く忘れたかったのもあって、交際を申し込まれて即OKした。でも、つきあってみたら、すごい束縛する人で、嫌になって別れ話したらストーカーみたくなっちゃって。それで、和樹に連絡取った。東京で相談できる男友達ってのが、和樹ぐらいしかいなかったから。そしたら案外これが、頼りになって。実はね、しばらく和樹の部屋に寝泊まりさせてもらってた。ストーカーが1人暮らししてた部屋にまで押し掛けて、怖かったから。そのあと女子学生寮に移るまでの短期間だけど。でも、一応、男女なわけだし、和樹は、根っからのゲイではなかったし……あ、ごめん、中1にはハード?」 「大丈夫。」 「そう? でも、結論を言うと和樹はそういう変なことは何もしてこなかった。ただ、毎日涼矢に電話をして、あたしにも涼矢と話をさせた。」 「えっ?」 「あたしを1人にしておけないから面倒見るけど、毎日電話で涼矢と話をするのが条件だって言われたの。あたしと和樹が涼矢に言えないようなことをしたら、口調からでも涼矢は必ず見抜くからって。でも、毎日話すことってそうないもんよ? しかも、彼氏でもない、振られた相手にさ。それで、仕方ないからその日にやった練習メニューを電話口で読みあげてた。でも、それがあたしにはすごく良くて。毎日のトレーニングを涼矢に報告しているうちに、本当に競技に気持ちが向かっていって、メンタルも落ち着いて。そんなことしてたら、涼矢との間の微妙な感じもなくなって、友達に戻れたんだ。ううん、昔以上の友達になれたってあたしのほうは思ってるけど。で、今に至る。そんなとこかな。」 「へええ…なるほど……。」 「治った? アリス酔い。」 「うん。てか、忘れてた。」 「あたしの人生もなかなかでしょ。もう、好きになる男がみんなワケありでいやになる。でも、それってつまり、あたしにはそれだけのパワーがあるってことよね。明生のアドバイスももっともだけど、あたしはせっかくのこのパワーを抑える気はないな。」そう言ってエミリはまたアハハハ、と笑った。涼矢さんはゲイで、その次がストーカー、今は車椅子生活の人。確かに、ちょっとワケありの人ばかり、かも。 「誰がワケありだって?」背後から声がした。涼矢さんだった。隣には先生も。 「やだ、どこから聞いてた?」エミリが立ちあがる。 「今来たとこだから、好きになる男が……のあたりからだけど、何の話してたのかは想像つく。」と涼矢さんが言った。 「エミリちゃん、世の中にワケなしの男なんていねえよ? いるとしても、そんなの、つっまんねえ男だよ?」と先生。 「明生がいるじゃなーい。」エミリは僕をぎゅーっとハグしてきた。む、胸が……。 「こら、俺の生徒に手を出すな。」 「ぼ、僕もワケありだから。」僕はエミリをなんとか引きはがした。「僕、先生のことが好きなんでっ。」 「マジか。」エミリが本気で眉をひそめて、変顔の域になる。きれいな顔が台無しだ。「なんであたしが好きになる男はみんなバカズキに取られるのよ。それより明生、だったら涼矢はライバルじゃないの、なんでなついてんのよ。力づくで奪いなさいよ、男の子でしょっ。」 「いいんだよ、僕は、涼矢さんが好きな先生が好きなんだからっ。」 「うわー、若いのに不毛な恋愛してんのね、あんた。」エミリは腕組をして僕を見下ろし、すごい迫力だ。 「エミリに言われたくねえだろ。」先生が言う。 「バカズキ、あんたってホントむかつくわ。この子どうするのよ、あんたのこと好きって言ってるけど。」 「知ってる。」 「知ってて、涼矢とバカップルぶり見せびらかしてんの? ひっどー。」 「見せびらかしてねえだろ。」 「だだ漏れじゃないの。涼矢くんしゅきしゅき~ってのが、だーだーもーれー。」  エミリの大袈裟な言い方に、僕はつい吹き出した。

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