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第43話 エミリの話(3)

「あんたもそう思うよね? 和樹のそういうの見るの、しんどくない?」エミリは僕に向かってそう言った。どうやらエミリは僕を心配してくれてたみたいだ。本当に僕が先生を好きだとするなら、先生と涼矢さんが仲良さそうにしているのを見るのは、辛いんじゃないか、って。まあね、ちょっとチクンとすることがないわけじゃない。けど。 「だって先生は、涼矢さん好き好きなんだから、仕方ないよ。」そして僕はそういう先生が好きなんだし。 「明生、あんたってホントに良い子ね。」迫りくるハグを僕は避けた。「あ、逃げた。」  僕は先生の背後に隠れて、先生のTシャツの端を掴む……つもりだったけど、目測を誤って、脇腹のあたりにしがみつくことになってしまった。思いがけず触れた、先生の体にドキッとする。エミリの胸とは全然違う、硬い、筋肉。僕は太ってはいないけど、こんな体じゃない。 「先生、結構ムキムキだね。」僕は先生の脇腹をつついた。 「おう、今もちゃんと腹筋してっからな。てか、おまえ水泳教室で見てるだろ、俺のパンイチ。水着だけど。」そう言えばそうだった。 「あんたのパンイチなんて、あたしだって散々見たわよ。」そっか、この人たち、水泳部仲間だ。 「高校の頃ほどムキムキじゃないけどな。そだ、俺、明生のパンイチも見てるけど、おまえはもうちょっと鍛えたほうが良いな。」 「明生のパンイチか、いいなあ。」何故そこで羨ましがるんだよ、エミリ。「憧れのスク水ね。」 「エミリ、発想がオヤジ。」と先生がからかった。僕も同感だけど。 「競泳用に見慣れると、あのスク水が逆に萌えるのよ。」 「完全にオヤジ。」 「あたしより、そこのムッツリのほうがオヤジかもよ?」エミリは、一連の会話を黙って見ていた涼矢さんを指した。 「え。」涼矢さんは珍しく動揺していた。 「涼矢、今のあんたの頭の中、明生に説明できる?」エミリはいたずらっ子のようにニヤニヤした。 「無理。」 「えー、なんでですか、涼矢さん!」 「お子様には少し刺激が……。」 「僕はそんなにガキじゃないって、言ってくれたの、涼矢さんじゃないですか!」  涼矢さんは腰をかがめて、顔を近づけてきた。「そのうちね、2人きりの時に、ちゃんといろいろ……てっ!!」最後の叫びは何かと思ったら、先生が涼矢さんの背中を叩いたみたいだ。 「おまえ、そういうの、犯罪だろ。未成年にそういうことしちゃいけないんだろっ。」 「淫行条例? 合意があれば大丈夫だよ。明生もう13歳になってるし。」 「ダメ。絶対、ダメ。」先生は涼矢さんにそう言ってから、僕にも言った。「いいか、こいつと2人きりになるなよ、絶対。」 「あんたって相変わらず馬鹿。涼矢が変なことするわけないじゃない。あんたとは違うのよ。」エミリ、きっつい。 「俺だって変なことしないよ。」 「そうだったかな? 実はね涼矢、あたし、和樹の部屋にいた時にね、和樹にひどいことされたの。」 「おいおいおいおい。嘘つくんじゃないよ、俺、何もしてねえだろ。」 「あたしのパンツと一緒に自分のパンツ洗ったのよ、この人!」 「それはひどい。」涼矢さん。ノルなあ。 「おまえが勝手に洗濯機に放り込むからだろ!」 「後で自分の分だけ洗濯しようと思ってて忘れただけじゃない。細かい男ね。」 「忘れるなよ! そうだ、エミリさ、おまえ、あの、アレも忘れてっただろ! 処分に困ってんだよ!」 「何?」エミリはきょとんとしている。本当に心当たりがないようだ。 「……トイレの隅っこの。」 「ん?……ああ、汚物入れ!」僕はブッと吹いてしまった。 「声がでけえよ。それに、もっと洗練された言い方あるだろうが、サ、サニタリーなんとか。」 「変なことに詳しいわね。でもあれは忘れたんじゃなくて、あんたんち遊びに行く時に便利かなーっと思ってわざと置いてきたの。中はちゃんと処分してきれいになってるから。」 「ああ、あれか。」時間差で涼矢さんが思い出したようだ。「女連れ込みやがってと思ってたら、そっか、エミリか。だったらあれ、あのまま捨てたほうがいいよ。」 「は? なんで?」 「ふた開けると、虫のおもちゃが飛び出す仕掛けを仕込んであるから。接着剤も使ってて元には戻せないし。」 「涼矢くん?」先生が珍しい呼び方をした。「人んちのトイレで何やってんの?」 「だって、あんなの一人暮らしの男のトイレにあったら、よその女からの宣戦布告だと思うだろ? だから受けて立ってみた。」  エミリが笑いだした。「和樹、全然信用されてないし。」 「ひでえ。」先生のその言葉は、エミリに向けたものなのか、涼矢さんに向けたものなのか。両方かな。

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