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第49話 はじまりの日(5)
「キスとか抵抗なかったの?」エミリがいきなり言って、僕は飲んでいたコーラを吹き出しそうになった。というか、ちょっと吹き出しちゃって、エミリが紙ナプキンで拭いてくれた。「ごめんごめん、明生がいるのに、刺激的なこと言っちゃった。」
「なんで女ってそういうこと聞きたがるわけ? 俺は聞かないのにさ、彼氏と何やってるかとか。」と先生がムッとする。結構本気でムッとしてるっぽい。
「え、別にあたしは聞かれたら答えるよ。実際、結構聞かれるよ、彼氏が車椅子だから、そういうのどうしてんの、とか。知りたければ言うけど。あ、明生の前だから多少オブラートに包みつつ、ね。」
「聞かねえよ。」
「でも、あたしは聞くの。気になるから。だって、最初のキスって緊張するじゃない? 変な話、最初のHより緊張しない?」
「どこにオブラート?」先生が言う。
「あ、ダメ? この程度もアウト?」エミリが僕を見た。
「……だ、大丈夫です。」
「大丈夫よね? 明生もそのうち自分の身に降りかかってくることなんだから、聞いておいた方がいいよ、きっと。」
「そういう目的で知るんだったら、俺らじゃ特殊ケースすぎんだろ。」
「だって明生だって男が好きなんでしょ? 合ってるじゃない。」
「まだ分かんないだろ。これから女の子好きになるかもしれないし、次も男かもしれないけど、そんなのはどっちだっていいけど、それがどうでも、別に俺らの話を参考にしなくても。」
僕は言う。「是非聞きたいです。」だって、エミリみたいな人がいる、こういう状況じゃなかったら、きっともう聞くチャンスないもんね。参考になるかならないかなんてどうでもよくて、ただ聞きたいだけだけどね。
「明生。」先生がジロッと睨んできた。
「和樹。」そんな先生に向かって、エミリがすごんだ。女の人は強い。涼矢さんの言う通りだ。「じゃ、手はいつ握った?」
「そんなのは、最初ん時に。はい、言ったから、もういいだろ。」
「最初ん時って、その、映画見た時?」
「そうだよ。あ、でも映画の時はハプニング的なもんで、握ろうと思って握ったのは、プラネタリウムの時だな。」
「和樹、バラし過ぎ。」涼矢さんが先生のシャツの裾を引っ張った。なんか、可愛い。
「うっそ、初デートのプラネタリウムで? あんたってホント、手が早い……。」
「だってその時にはもうキスは済ませてたもんな。手ぇ握ったほうが後だよ。」
「……おまえ、そろそろ殴るぞ。」
「めんどくさくなってきちゃったんだよ。もういいじゃん。」
「ふざけんなよ、おまえが明生の前だから気を使えとか散々。」涼矢さんは結構マジで怒ってる。
……けど、エミリはやっぱりそれも意に介さない。「痴話ゲンカはどうでもいいんだけど、その時には済ませてたってどういうことよ? だってそれが、告白後の初デートだったわけでしょ? いつしたのよ。」
「告白された時に。」
「はあ? 告られたら即キス? あんたがそこまで見境ない奴だとは。」
「見境なくねえっつの。だってこいつがキスしろって言うから。」
「言ってねえよ、馬鹿。」
「それっぽいこと言っただろ。」
「好きってどういう意味だって聞いてきたから、そういう意味の好きだよって言っただけ。しろとは言ってない。」
「言ってるようなもんだ。」
「おまえ、最低。」涼矢さんがプイッとそっぽを向いた。今日は時々、こんな風にこどもっぽくなる涼矢さんだ。
「だから言ったじゃん、こんな馬鹿のどこがいいのって。それを好きだって言ったのは涼矢だよ?」エミリが言った。
「なんで俺がアウエーなんだよ。」涼矢さんはそっぽを向いたまま独り言みたいに言った。
「僕は味方だよ。」と僕は言った。「今のは、先生が悪いと思う。」
「だよね?」涼矢さんが僕を見た。
「先生って、時々、言っていいことと悪いことの区別がつかないよね。悪気はないのは分かるんだけど、傷つくのはこっちなんだよね。」
「そうそう。マジでそう。明生だけだよ、ホントに理解してくれるの。」
「つまりあんたらみたいなのがこの馬鹿にひっかかるってことね。」
エミリに言われても言い返せず、涼矢さんと顔を見合わせてため息をついたところで、遠くから音楽が聴こえてきた。パレードが、近づいてきたのだ。
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