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第53話 夢の思い出(3)
「さてと、買い物はこんなもんでいいかな。明生、お菓子で欲しいのある? ポテチとか。」
「枝豆。」
「は?」
「僕、枝豆好きだから。そこにある。」僕はお総菜コーナーを指差した。
「ホントにこれでいいの?」
「うん。」
「枝豆ったらビールよね。」
「エミリ、もう20歳になってるっけ。」
「うん。あたし4月生まれ。仲間内で一番先にババアになるんだよね、やんなっちゃう。」
「アスリートが飲酒していいの?」
「いいの。」
「俺も成人したけど、和樹がね。」
「先生、バレンタイン生まれだもんね。」
「いいじゃん、あたしら2人は飲もうよ。和樹が飲めないならちょうどいいよ、全員酔っ払いじゃ明生がかわいそう。」
「女の子が酔っぱらうまで飲むんじゃありません、しかも男の部屋で。」
「こんな時ばっかり女の子扱い。ずるい。」
「だってあなた女の子でしょ。悪いけど、今日は送れないしさ、明生もいるし。」
「はいはい、わかりましたよーだ。もう、ケチ!」
「……1缶だけな。俺もそれだけつきあってやるから、それで我慢。」そう言って、涼矢さんは缶ビールを2缶、カゴに追加した。
僕たちは先生の部屋の前に着いた。涼矢さんがドアホンを鳴らす。インターホン機能のない、ただ音が鳴るだけのやつだ。すぐにドアが開いて、先生が顔をのぞかせた。
「どうぞ。」
中は、1Kというのかな、8畳ぐらいの部屋に、簡単なキッチン。でも8畳の中にベッドもあるし、クローゼット代わりの収納ボックスも積まれていて、4人も入ると、かなりぎっちぎちになって座ることになる。
涼矢さんはベッドとボックスの間に置かれた小さなテーブルに、ペットボトルのジュースと、缶ビールと、枝豆を置いた。「グラス足りないから、そのままで良いよな?」
「全然OK。」とエミリが言った。
「何、ビール飲むの?」と言いながら、先生がビールを手にした。
「おまえはダメだぞ、未成年。」涼矢さんが言った。
「ずるいなぁ。」
「法律は守ってください。」
「はーい、先生。」先生がふざけた。
涼矢さんは冷蔵庫から何かを出してきた。
「とりあえず、枝豆とこれで乾杯しよっか。」
「何これ。」とエミリが聞いた。
「ラタトュイユ。昨日作った。」
「……涼矢が?」
「うん。この人、普段、野菜全然食べないから、こういう時に食べさせないと。」
「食ってるよ、ラーメン屋行ったら野菜タンメンとか。おまえが野菜食え食えうるさいから。」
「お母さんみたい。」とエミリが大笑いした。
「本当だよ。涼矢さ、うち来るたびに、こういうのとか、いや、これはまだいいんだけど、切干大根の煮物とか、きんぴらごぼうとか、マジでおかんかよってラインナップの料理、タッパに入れて持ってくる。」
「それって涼矢の愛じゃん、愛。」エミリはヒーヒー笑っていた。
「そうだよ、俺の大いなる愛を感じろよ。」今回の涼矢さんは照れてない。涼矢さんの照れるツボって、よくわかんない。
「はい、乾杯しよ、乾杯。」先生がペットボトルのお茶を掲げたから、僕もジュースを、2人は缶ビールを手に持って、みんなで乾杯した。
涼矢さんはビールを一口だけ飲むと、すぐにキッチンに立って、何か作業し始めた。
「何か手伝う?」と僕が言うと、
「大丈夫。」と涼矢さん。「ここ狭いから、2人立てないし。ていうか、明生は偉いよな、あっちのお兄さんお姉さんから手伝おうか?なんて言葉、聞いたことないよ。」
「皿洗いしてるだろ。」
「自分が使った食器を洗ったぐらいで家事分担してる顔されてもムカつくだけ、と、世間の主婦も言っている。」
「主婦か、おまえは主婦なのか。」
「俺、ここ来るたびに、炊事と洗濯と掃除をやらされてるよな。これを毎日やってるのかと思うと、主婦ってすげえわ。」
「やらせてねえよ、勝手にやってるだけだろ。」
「炊事は好きでやってるとこはあるけど、掃除と洗濯は仕方なくやってんだよ。そうしないと座るところもねえし、おまえの服、どれが着たやつでどれがきれいなんだかわかんねえし。おまえ気付いてないだろうけど、俺、今回洗濯槽の掃除もしたからな? なんか、ワカメみたいの湧いてきたぞ。信じらんねえよ。」涼矢さんはそんな風にずっと文句を言いながら、料理の手を止めることはない。器用だな。
「それじゃ涼矢、うちの学生寮に住めないよ。女だけしかいないと、ほんっと壮絶にひどいんだから。」
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