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第54話 夢の思い出(4)

「そういえば女子寮って、門限ないの?」先生が聞いた。 「あるよ。でも、今日から帰省していることになってるから。帰省なんて、ホントはしないけどね。」 「え、じゃ今晩、どうすんの。うちには泊めねえぞ?」 「ああ、いい、いい。そんなつもりないよ。」 「当てはあるのか?」 「ビジホか満喫か……そんなところ。」 「満喫とか大丈夫かよ。届けを取り消して、寮に戻った方がいいんじゃないの。」 「いいんだって。あたし、今、あんまり寮にいたくないんだ。」 「なんで? 何かあった?」先生は本当に心配している様子だ。 「うーん。いわゆる、アレよ。スランプ? 今年、全然結果出せてなくて、マジでヤバくてさ。寮で活躍してる子たち見るのもしんどくて。少しでも取り返したくて、バカみたいに練習してたら、逆に体おかしくしちゃって、コーチに実家で少し休んで来いって言われちゃった。でも、こんなんで実家になんか帰れないよ。」そんなことをしゃべってるかと思ったら、突然、エミリはぐじゅぐじゅと泣き始めた。「甘えてるのはわがっでるんだけどざあ。」 「……エミリ?」先生はエミリの前の缶ビールを持ちあげた。「空になってる。一気に飲んだな? おい、エミリ、そんなに弱いなら一気飲みなんかするなよ。」 「わがっでるわよう、あだしがわるいのよう。全部あだしのせいよう。」エミリはテーブルに突っ伏して、激しく泣き始めた。僕は唖然とするだけで、何もできない。エミリ、どうしちゃったんだろ。 「うわ、エミリ酒癖悪っ。涼矢、これ、どうすればいい?」 「ベッドに寝かせてやったら?」 「そうだな。おい、エミリ、寝ていいから、ベッドまで一瞬立ってよ。」先生はエミリの背後に回って、エミリを立たせようとする。 「やーだーよーう。そんなベッドに寝られるかー。それ、あんたたちが寝るんでしょうがー。あーもー、やーらーしー。」そう言うと、エミリはその場でコテンと横になった。そして、そのまま寝ちゃったみたい。先生はエミリを起こすのを早々にあきらめて、薄手の布団を1枚、エミリにかけてあげてた。 「大丈夫かな? ベッドに運ぶなら、手伝うよ。」と僕は言った。 「いいよ、少ししたら起きるだろ。顔色も悪くないし、心配ないよ。」先生がそう言ってくれたから、ちょっと安心した。 「ねえ、エミリってここに泊まってたことあるんでしょ。その時は、先生と一緒にベッドで寝てたの?」僕はさっきからそれが不思議だった。今だってエミリはちょっとの隙間にくの字に縮こまって、なんとか寝ているけど、この狭いスペースにきちんと布団を敷くことはできない。逆にベッドは部屋の広さの割に大きい気がするし、普通に考えて、この部屋で2人で寝るとしたら2人並んでベッドで寝ることになると思うんだけど、だからといって、エミリと先生が一緒に寝るというのは、やっぱりいろいろとマズイことぐらい、僕にも分かる。だから、どうしていたのかなって。  僕がそんな質問をしたら、キッチンの涼矢さんの手が止まった。先生の返事を待ってるみたいだ。 「さすがにそれはないな。」と先生は言った。「エミリにベッドを使わせて、俺が床で寝ようとしたんだけど、エミリはどうしても嫌がって、俺がベッドで寝てた。エミリ、翌日には誰かから寝袋借りてきて、それ使って床で寝てたよ。」 「ふう、ん。」涼矢さんの手が再び動き出す。「気、使わせたんだな。」 「だな。あの時、まだおまえはここに来たことなくて、涼矢より先にあたしが寝るわけに行かないって言い張ってさ。」 「涼矢さんとは一緒に寝るんだ。だから大きいベッドなんだね。」僕がそう言ったら、また涼矢さんの手が止まった。 「明生ー。腹減ったよなー。もうすぐできるからなー。」涼矢さんはこっちを見ないで言った。 「何、その、すっごい棒読み。」僕は笑っちゃった。

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