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第55話 夢の思い出(5)

 しばらくして、涼矢さんはいくつかの料理を持ってきてくれた。テーブルが狭いから、乗り切れないほどだ。  涼矢さんはエミリに顔を近づけて、「よく寝てる。起こすのかわいそうだから、このまま寝かせておくか。」と呟いた。 「結構思いつめてたっぽいよな。」 「うん。普段だったら絶対あんな泣き言言わないし。」涼矢さんは僕と先生にお皿と割り箸とスプーンを渡した。 「エミリの分、分けておく?」僕が言う。 「あっちにもう取り分けてあるから、大丈夫だよ。」涼矢さんはキッチンを指した。 「きみたちは気が利くねえ。」と先生。 「おいしそう。」と僕はテーブルの上の料理を眺めた。「これはグラタン?」 「うん。タラって魚と、じゃがいものグラタン。」 「へえ、魚のグラタンなんて、初めてだ。」そして、そのグラタンにもブロッコリーが入ってる。よっぽど先生に野菜を食べさせたいらしい。 「これはペンネアラビアータ、だけど、そんなに辛くしてない。」 「僕、辛いの平気だよ。」 「はは、俺が苦手なんだ。」と、涼矢さん。涼矢さんが辛いのが苦手なんて、意外だな。  あとは、照り焼きチキンをスライスしたのと、フランスパンで作ったガーリックトースト、それにレタスのサラダがあった。「チキンとレタスをパンにはさんで食べるのもおすすめ。」と涼矢さんが言った。  エミリが寝ているから、みんないつもよりちょっと小声になって「いただきます」と言い、食べ始めた。 「このグラタン、すっごく、美味しい。」 「良かった。足りなかったら、後でまた何か作るから。」 「充分だよ、そんなに食べられないよ。」 「少食だな。」 「涼矢が大食いなんだよ。」 「えー、大食いには見えないけど。どっちかって言ったら、痩せてるほうだよね?」と僕が言うと、 「俺、食べる時と食べない時が極端なんだ。食べない時は、気がついたら1日でリンゴ1個だけだったり。」と涼矢さんは言った。 「それ、野菜食わないのよりも健康に悪いんじゃないの。」 「そうかも。気をつけるよ。」 「家族とご飯食べないの?」 「いれば一緒に食べるけど、いないことが多くて。」 「そっかぁ、ちょっと淋しいね。」 「慣れたけどね。」  僕は家で飼ってる猫の話をして、涼矢さんもペットを飼ったらいいんじゃないか、なんて話をした。でも、涼矢さんのお母さんが獣毛アレルギーだからダメなんだって。それから、先生が小学生の頃、ウサギのえさやりがしたくて飼育係になったのに、実際は蚕の担当になってガッカリした話や、そこから小学生の頃に何の係をやっていたかとか、2人の通ってた高校にいた名物先生の話なんかをした。  そんな話をしながら、テーブルの上のものをほぼ食べ尽くした。涼矢さんはまだちびちびとビールを飲んでいた。あまり美味しそうじゃない。 「ふう、おなかいっぱい。ごちそうさま。」と、僕は言った。結局エミリはずっと寝ている。涼矢さんのビールもようやく最後の一口になったみたいで、その時だけ缶を逆さにして飲み切った。 「涼矢さん、20歳になったばかりだよね。」 「そうだね、先月なったばっかり。」 「もう、お酒、普通に飲めるの?」 「わかんない。」 「え?」僕と先生が同時に言った。 「今、生まれて初めて飲んだから。親父もおふくろも飲める口だから、弱くはないと思うけど。」 「ちょ、ちょっと待て。おまえまでつぶれたらシャレになんねえよ。」先生が焦って涼矢さんの缶を取り上げた。でも、もちろんさっき最後の一口を飲んだわけだから、中は空っぽなんだけど、先生はそれに気付いてなかったみたい。「おい、もう空じゃんか。なんでおまえら、揃いも揃って……。」 「平気だよ。別に、変わりないだろ? ほら?」涼矢さんは先生のほうに顔を向けて、ニコッと笑った。……うーん。なんか、微妙に、いつもの笑い方と違う気が、しなくもない。ていうか、涼矢さんが、僕の目の前でこんな風にあけっぴろげに先生に笑いかけるのを見たこと、ないかも。 「涼、やっぱちょっとおかしいって。」先生もそれに気付いたみたいだ。 「ん? おかしい? どこが?」涼矢さん、先生の隣ににじりよって、顔をうんと近付けた。そのままキスしちゃうんじゃないかと思うぐらい。あの、僕、ここにいて大丈夫ですか……。

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