57 / 62

第57話 夢の思い出(7)

「2人とも大丈夫かな。二日酔いにならないかな。うちのお父さん、たまに二日酔いで、具合悪そうにしてる。すごく辛そう。」 「お父さんは仕事のつきあいもあって仕方ないかもしれないけど、涼矢たちのは自業自得っていうんだ、自・業・自・得。大事な四字熟語だから覚えておけ。……でも、明生にはマジで悪かった。みっともないとこ見せちゃったな。」 「僕、本当に気にしてないし、今日は楽しいことばっかりで、すごく良い日だった。だから、謝んなくていいよ。ありがとう、先生。涼矢さんも、エミリも、大好きだよ、僕。」 「大好き、かあ。」 「先生も大好きでしょ、2人のこと。」 「そんなわけあるか、あいつら迷惑ばかりかけやがって。」先生はそう言ったけど、すぐその後に「なんてな、本当は、大好きだよ。」と言った。 「ちゃんと本人に言ってる? 大好きだよって。小学校の時の教科書にあったよ。好きならちゃんと言葉にして好きって言わないとだめだって話。せめて涼矢さんには、言ったほうがいいと思うけど。」 「んー、そうだなあ。あんまり言えてないかな、最近は。照れくさいし。言わなくてもわかるだろ、って思っちゃうんだな。」 「でも、後になって、言えば良かったって思っても、間に合わないかもしれないんだよ。」 「そっかあ。そう言えば……あいつは……涼矢は、割としょっちゅう言ってくれるんだよな、案外。」 「今でも?」 「今でも。」 「昨日とか、今日とかも?」 「うーん。そうだな、言ってたな。おはようって言うのと、好きだよって言うのが、同レベルみたい、あいつにとっては。欧米か!!って感じで、普通に言う。」 「うわあ。ラブラブ。」 「うん、ラブラブ。」 「先生も言ってあげなよ、好きだよって。」 「そうだね。」 「先生も酔っ払ってるの? いつもはそんな風に言わないじゃん、ごまかしてばかりで。」 「あんなのまで見られて、ごまかしてもしょうがない。」  先生の家の駅に着いた。ここまで来られれば後は1人で帰れると言ったんだけど、先生はそういうわけにはいかないと一緒に電車に乗って、家まで送り届けてくれて、お母さんに、遅くまで引っ張り回してすみません、と挨拶までしてくれた。お母さんは先生の前ではやたらと笑顔を振りまいて、普段より1オクターブぐらい高い声で「こちらこそ、ありがとうございますぅ」なんて言っていた。そんなことを玄関先でしていたら、家の奥から飼い猫の茶々が出てきて、お母さんの足もとをぐるぐる回った。 「あ、このコが明生くんの言ってた。」 「そう、茶々って言います。」僕は茶々を抱っこして、先生に見せた。「先生も抱っこする?」 「いいの?」 「うん。茶々は大人しいから。」  僕は先生に茶々を渡した。「うっわ、超可愛い。」そう言って笑顔になる先生も、超可愛い、と思う。 「猫、お好きなんですか?」お母さんが言った。 「動物全般、好きですね。今はアパートだし、実家もペット不可のマンション住まいだったから、インコとカブトムシぐらいしか飼ったことはないんですけど。」 「このコは、殺処分されそうになっていたのを引き取ったんです。その時、もうそこそこの大人になっていたから、今はもうおばあちゃんなんですよ。」 「そうですか。でも、美人さんですよね。毛なみもきれいだし、大事に可愛がられてるの、わかります。よかったねえ、このおうちのコになれて。」先生は茶々にまで話しかける。茶々も自分から先生にすりよって甘える仕草を見せた。茶々はもともと大人しいけど、慣れてない人間にここまでいきなり甘えるのは、珍しいかも。さすが先生、えーと、なんていうだっけ。エミリが言ってた。そうだ、スケコマシ。その能力はおばあちゃん猫にまで有効みたいだ。先生が茶々の顎や頭を撫でると、茶々は喉を鳴らしてますます甘えた。……なんだかちょっと、さっきの涼矢さんみたい。 「どうぞ上がって、お茶ぐらい召し上がってください。」お母さんが言った。 「いえ、もう遅いので。」先生は、「先生」の顔に戻って、茶々を僕にそうっと返した。「ここで失礼します。」 「そうですか? すみません、お構いもしませんで。」  大人がよくやる、そういうごちゃごちゃした挨拶を済ませると、先生は帰っていった。

ともだちにシェアしよう!