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第58話 初恋(1)
涼矢さんとエミリからは、翌日、2人並んで「ごめんね」と手を合わせたポーズをした画像付きのメッセージが来た。先生を交えて話し合った結果、エミリは中高の頃にお世話になっていたスイミングクラブのコーチに、スランプ脱出の相談をすることにしたらしい。そのために、涼矢さんは予定を切り上げ、エミリを連れてX県に戻ったんだそうだ。
僕はと言えば、数日後には2学期が始まり、塾も通常授業に戻った。先生も今まで通り、淡々と授業をこなしている。僕も先生とは余計な雑談をしないようにして、勉強のことで質問をする時も敬語で話すように努力した。都倉先生と遊びに行ったことをみんなに自慢したいのはやまやまだけど、それがバレたら、先生は塾をクビになっちゃうかもしれないから、気をつけた。どうしても先生と個人的に話したかったら連絡先も教えてもらったんだから、いつでもやりとりをすることはできたけど、その分、涼矢さんとの時間を奪うのかと思うと、気が引けた。また、以前は塾のたび、つまり週3回ペースだった涼矢さんとの定期通信も、週1回程度の近況報告だけに落ち着いていた。
そんな感じでディズニーランドから3週間と少しが過ぎた。学校では友達といつも通りバカ話をして、体育祭の準備をして。家ではお母さんに勉強しなさいと言われ、それをお兄ちゃんや茶々に、そしてたまに涼矢さんにこっそり愚痴って。つまり、先生との距離も含めて、ディズニーランドに行く前と何も変わらなかった。ううん、先生との距離に限って言えば、むしろ後退していた。僕と2人になる機会もなくて、「明生」と呼ばれることさえもなくなっていたから。そのことが、最初のうちは、ちょっと不満と言えば不満だったけれど、でも、徐々に僕はそれに慣れていった。というか、僕の「先生熱」が徐々に下がっていったんだ。その理由は、自分でも薄々わかってる。もちろん、他に好きな人ができたわけでも、飽きたわけでもない。
さっきも言ったように、連絡先を交換したんだから、その気があれば先生のほうから連絡をくれることもできるはずだった。でも、そういうことはなかった。それが、先生の答えだ。先生は、僕のことをほかの生徒よりは思い入れがある、と言いつつも、「先生と生徒でいたい」と言っていて、それを実行しているだけ。それでもディズニーランドに連れて行ってくれた。それだけでも、僕にとっては夢のようなできごとだ。
で、あれから1か月近く経った今、ようやく僕はわかってきた。きっとあのディズニーランドは、先生が言ってた「気持ちにけりをつけるためのデート」や、エミリが言ってた「涼矢さんに捧げたファーストキス」と同じことだったんだ。
でも、先生は、涼矢さんをあきらめさせるため、だったはずのそのデートで、涼矢さんを好きになって2人は恋人になった。一方で、エミリははっきりと振られて、あきらめて、別の恋をして、涼矢さんとは友達になった。
僕は、先生にとっての「ちょっと特別な生徒」にはなれたのかもしれないけれど、やっぱり「生徒の一人」にしかなれない。恋人にも、対等な友達にもなれない。そう踏ん切りをつけるための、あの一日だったんだ。表面上は何も変わらないけれど、僕の気持ちは、確かに変わってしまった。
ただし、それが先生の考えだったのかどうかは、はっきりとはわからない。結果的には、先生の考えと一致したかもしれないけれど、それはあくまでも「結果」で、先生ははじめから僕の気持ちにけりをつけさせようとして、ディズニーランドの計画を立てたわけじゃない。
そう、ディズニーランドに行こうと言い出したのは、涼矢さんなんだから。
もし、僕に先生のことをあきらめさせようとして計画したのだとしたら、それは、涼矢さんの意志だ。でも、涼矢さんにしても、そんなことを考えていたかどうか、わからない。頻度は減っても、涼矢さんから来るメッセージは相変わらず優しかったし、僕の考え過ぎなのかもしれない。でも、僕にはどうしても引っかかっていることがひとつだけあって、そのせいで、涼矢さんの意志なんじゃないかという考えが拭いきれなかった。そろそろ、それをはっきりさせたほうがいいのかどうか、僕は迷っていた。
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