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第5話

「なぁ、この傘ってそんなに大事なもんなのか?」 「えっ?」 「だって、こんな雨でも、わざわざ取りに来た傘だしな? それに、あんたがここへ差して戻ってきたその緑の傘も随分と良そうな傘だ。こんなところに時間をかけて取りに戻るよりもいくらでも代わりの傘を買えるだろうさ」  基本的に梅木原という男は他人に干渉しない人間だ。  確かに、香井やその他、慕ってくれる後輩は面倒を見る男気のあるところを見せる。殴りかかってきたヤンキーに最低限の制裁を加える。食ってかかってくるオトナ達にも最低限の返しでその口を黙らせる。  だが、基本的には道端に転がっている石片と同列の扱いで、拾い上げて愛でたり、邪魔だと蹴飛ばしたりはしない。完全に見向きもしないのだ。 その梅木原にしては雨宮への対応はまるで、愛しくて仕方ない恋人の浮気を明らかにして詰るようなもので、明らかに異常だった。 「その傘は先程の折笠君の前に私の面倒を見てくれていた執事の方がくれた傘なんです」  雨宮は大きな目を閉じると、ポツリと呟いた。 「優しいところも厳しいところもあるその方が私は大好きでした。でも、別れというのは突然、来てしまうものですね」 「別れ?」 「ええ、今から3年前になりますが、ご両親の介護でお暇を頂戴しますと言われてしまいました」  雨宮の口から零れる言葉は上擦ることもなければ、詰まることすらなく、終始滑らかかつ穏やかだった。  だが、雨宮が彼をどんなに親しんで、大切な存在であったかが滲み出ているようだった。 「今でも彼は私にカードと贈り物を贈ってくれているんです。いつも遠くで私のことを案じているというカードに、傘とかプレゼントを添えて。それはどんな店舗でも買う事はできない。大袈裟かも知れないですけど」 「……」  そこまで聞くと、梅木原には雨宮が全然価値観の違う人間に思えた。確かに、かたや御曹司で、かたやヤンキーだ。 だが、それを差し引いても、雨宮は自分に贈られたものまでも贈ってくれた人物と同様に大切に扱っている。梅木原はそれに対して、やはり人は人で、ものはものでしかないのだ。 「大袈裟でも良いんじゃないか。それが本心なら」  梅木原は雨宮に傘を差し出す。 高級感のある黒い布地に、それに合わせた木目の美しい柄。『Soumei A.』と筆記体であしらわれた黄金に静かに輝くネームプレート。質も品も良さそうな傘。  雨宮の傘だった。 「ありがとうございます。梅木原さんはとてもあたたかな人ですね。香井さんやきっと沢山の人に慕われているのでしょう」  雨宮は出会った時のように、微笑むと、梅木原の差し出した傘を受け取る。 降り続いていた、激しい雨ももう1筋もなく、雨雲だった雲の裂け目からは光の柱が幾本か伸びていた。 「もし、私達が学友として出会えれば、楽しかったかも知れないですね。こうして、話をしたり、もしかしたら、武芸の手合わせをしたり」  それは梅木原から雨宮が離れていく事。  もし、同じ世界の住人同士であったら、とまでは望まない。ただ、もし、学校は無理でもせめて行きつけのカフェが同じなら、2人はまた会う事ができるのだろうか。  ただ、梅木原には雨宮を引き留める事も、次の約束を取りつける事もできなかった。

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