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第10話

 次は茶菓だが、今日も雨が降るのか蒸し暑い日だったので、冷茶をまず勧められた。 「冷茶?」 「ええ、夏場に抹茶の前にお出しする冷たいお茶ですね。ガラスの抹茶碗等で振る舞ったりします。この抹茶碗を作られた先生は氷室青海(ひむろせいかい)先生。流派によってはこれに氷を入れたりもするでしょうか」  氷が入っていなくても十分、冷たく、また青や緑を基調とした涼し気なガラスで作られた抹茶碗も蒸し暑さを払いのけるようだった。 「あ、意外と苦くねぇか?」 「ええ。どんなものもそうだと思うのですが、冷やすと、味の鋭さがなくなって飲みやすいですよね。次は茶菓で、本来は6月の30日にお出しするものなのですが、作ってみました。折笠君に味を見てもらったら、少し甘いのでは? と言われてしまいましたが」  水無月です、と紫とも金色ともとれる色合いの紫陽花の蒔絵を隅に施した漆の茶菓盆に小豆が載った三角形の白いお菓子が出てくる。 「あんたは菓子も作れるのか?」  驚いた梅木原は口に運ぶ事も忘れ、まじまじと水無月を見る。 「いえ、普段は作りませんから作れないものの方が多いと思います。芙美江(ふみえ)さんにも……あ、芙美江さんは長年、雨宮家で家政婦長を務めてくれている方で、厨房に入ろうとすると、止めてくださいましと断られてしまいますし。ただ、今回は梅木原さんへ傘を拾ってくださったお礼ですから。どうしても、お店で買ったもので済ませるという事はしたくなかったんです」 「へぇ」 「あ、でも、勿論、お店で買ったお菓子も用意がありますので、食べられそうにないという事でしたら」  雨宮の言葉は続いていたが、梅木原は用意された黒文字を掴む事なく、水無月を口に入れた。 「う、梅木原さん?」  雨宮の声が消えると、梅木原の咀嚼する音だけが降り始めてきた雨音に混じって聞こえる。  梅木原の口から水無月の小豆の1粒もなくなると、言った。 「確かに少しあめぇけど、うめぇと思う」  謙虚で、人に寄り添うのは雨宮の美点ではあるのだが、梅木原にしてみれば、もう少し強引でも良いかと思う。  例えば、自分の仲間である香井や枝野。雨宮の執事の折笠がそうであるように。

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