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「夕方から急に雨降り出したもんね」 「…………っ」  今度ははっきりと聞こえた声。  となりに立っていた人物は一瞬の間に、ぼくの座っているベンチの隣に座っていた。  微かに香る甘い香水の匂い。  派手な見た目の人がさきほどより近くにいる。 「めっちゃ濡れちゃったね。大丈夫?」  さっきから話しかけられてる。  やっぱり全部ぼくに話しかけていたのか。  ぼくは俯き、首だけで返事する。  しかもこの人、よく見てみたら、学校中で噂になっている先輩だ。  ひとことでいうと遊び人。  女の子だけじゃなく、同性にも手を出しているとか出してないとか…。  とりあえず、いい噂ではなく悪い噂が学校中に広まっている人で―――。 「ねぇきみ名前なんていうの?オレは麻生恭也。3年」 「………知ってます…」  ぼくは思わずそう答えてしまった。  そんなぼくの答えに、興味をさらに持たれてしまい、「オレのこと知ってるんだ―!うれしいな」と身を乗り出している。 「で、きみの名前は?」  そう言い膝の上に乗っているぼくの手を取ろうとした麻生先輩の手を振り払って、進行方向からやってくるバスに乗るため立ち上がった。  ベストタイミングでやってくるバス。。  ぼくはカバンを持ち、ベンチから立ち上がる。 「あ、きみもこのバスに乗るんだね。オレも今日はこのバス乗るんだよね~」  嬉しそうにしている麻生先輩。  全然ベストタイミングじゃなかった。  先輩もこのバスに乗るのか…。  ぼくは本日二度目のため息をついた。  バスに乗り込むと、他に席は空いているのに、ぼくのとなりに腰掛けた麻生先輩。  また話しかけられるだろう。そう思いぼくはすぐさまイヤホンをつけて、図書室で借りた本を読み始める。  案の定、「名前は?」と最初は聞いていたが、声をかけるのを諦めたようだ。  噂のたえない先輩と関わりを持ちたくなかったので、とっさに取ったこの対策は大成功だ。  それからは沈黙が続いている。  沈黙ではあるが、麻生先輩の視線はずっとこちらを見ている。  全然、本に集中できない。  機械的に字を読んで、ページをめくるその動作を繰り返す。  早くこの無言の視線から逃れたい。  そんなぼくの願いが届いたのか、先輩は「じゃあオレ降りるね」といい、バスが停まると席を立った。  その際、ぼくに向かって笑顔で手を振るのも忘れず。  ぼくは軽く会釈で返した。  ふぅー助かった。  てか、なんで先輩はこんなにもぼくに興味を…?  いや別に、ただ単に話しかけただけだろう。  でもまさかこんなぼくに話しかけてくるとは思わなかった。  コミュニケーション能力抜群の人の考えていることは想像つかないな。  でも遊び人だけあっても、顔は整っていたかな……チャラいけど。  ぼくは気を取り直して本の世界へ入り込んだ。

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