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第三火曜の男2
その話を聞いた俺の第一声は「話、盛ってねぇ?」だった。
「大体、美しいってなんだよ。芸能人じゃあるまいし、こんな場末のバーにそんなヤツが来るわけないだろ」
「本当なんだって。なんかこう、妙な色気があって凄いんだよ」
「だからって美しいって。言い過ぎだろ」
「お前も一回見てみればわかるって! 俺の言うことが本当だってわかるから」
「けど全然来ねえじゃねーか」
そう言ってウイスキーのグラスに口を付けた。
連れは「そろそろ来てもいいころなんだけどな」なんて言いながら、しきりにドアに目を向けている。
連れがこのバーを知ったのは二ヶ月ほど前のこと。やけに目を引く男が一人で飲んでいて、あまりの美しさに目を奪われたらしい。
年のころは恐らく二十代前半から半ば。名前は一切明かさない。偽名も口にしないらしい。ただ、毎月第三火曜日には必ず一人でフラッと現れて、静かに飲むと言う。そこからついたあだ名が“第三火曜の男”。
ほかの客によく声を掛けられるものの、誘いに乗ることはほとんどない。だがごくまれに誘う男の手を取って、店を後にするのだそうだ。
“第三火曜の男”に興味を持った連れは、すぐさま声を掛けたらしい。しかし男は連れをチラリと見て、即座に断った。
「俺、結構モテるタイプだろ? 断られるとは思ってもみなかったんだよなぁ」
いわゆるガチムチで男臭い雰囲気を漂わせている連れは、この界隈ではよくモテる。
「“第三火曜の男”は平凡くんがお好みらしい。付いて行くのは決まって見た目普通の男なんだと」
「お前まさか」
「そう。お前だったら引っかけられるんじゃないかって思って」
「やだよ、俺は」
「一回声かけるだけでいいんだよ」
「やだって」
「お前だって、今次のパートナー探してるって言ってたろ?」
「それとこれとは話が別だ。……俺は自分の性癖に付いてこられるヤツしか相手をしたくない」
俺は平凡な見た目ではあるが、どちらかと言えば激しくてねちっこいセックスを好む。SMとまではいかないが、ノーマルなプレイは刺激が足りないのだ。
「“第三火曜の男”も、激しいのが好きらしいぞ。『酷いことしてくれるならいいよ』って言うんだと」
「縛ったり、オモチャ使ったりとかか?」
それならいけそうだなと思ったのも束の間、連れはそれを否定した。
「聞いた話だと、殴られたり無理やりされるのが好きらしいんだよ。もっとしろ、これじゃ足りないって、しつこく強請るんだと。だから逆に相手の男が逆に気味悪くなって、長く続かないって噂だ」
「どんなドMだよ」
「まぁ全部伝聞だから、どこまで本当かわかんないけどな。ただ、そいつが第三火曜しか来ないし、酷いことしてくれるパートナーを探しているってことだけは、たしかだ」
連れはそう言うと一息にグラスの酒を飲み干して、おかわりを注文した。
「あぁ、それからそいつな、もう一個妙なことを言うんだと」
「妙なこと?」
「ナントカくんって呼ばせてくれって」
「昔の男の名前か?」
「さぁ、そこまでは。でもなんか訳ありっぽいよな。だから余計に興味持ってさ」
そんな話をしながら飲んでいると扉が静かに開いて、客が一人入ってきた。
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