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第三火曜の男3
「おいっ、あいつだよ。“第三火曜の男”!」
そこにいたのは、痩せ気味で小柄な男だった。
二十代前半から半ばと聞いていたが、もっと若いようにも感じる。大学生か……? まさか、高校生ではないだろうな。
タートルネックと長袖、長ズボンという、真夏にふさわしくない出で立ち。
肩まで伸びた長い茶髪は明らかに痛んでいて、前髪もだいぶ伸びていて顔がよくわからない。ただ、白い肌にぽってりと赤く染まった唇がやけに映えて、妙に目を引く。
服装の下に隠れた肌も、きっと白くて綺麗なんだろうなと、ぼんやり思った。
男はカウンターの一番隅に行くと、カクテルを注文したようだ。
目の前に置かれたグラスをチビリチビリと傾けている。
男の姿を横目で見ながら、俺たちも静かに酒を飲む。
俺も連れも一言も発しないまま、“第三火曜の男”を見つめ続けた。
憂いを帯びた横顔は、たしかに妙な色気がある。
美しい……と言っても過言ではない。
ただしそれは、触れればすぐに散ってしまいそうな、儚くて刹那的な美しさだ。酷いことなんかしたら、一瞬で壊れてしまうんじゃないだろうかと思わせるほどだ。
彼が席について間もなく、何人もの男が彼を誘った。まるで誘蛾灯に群がる虫のようだ。
しかし一言二言交わすだけで、男たちは彼の前から去って行く。
「次、お前言ってみろよ」
「……そうだな」
「おっ、マジか!」
「お眼鏡にかかるかどうかは知らんがな。振られても文句は言うなよ」
俺は席を立つと、彼の元へと向かった。
「コンバンワ」
そう声を掛けると、彼は目線だけで俺を見た。
長い前髪の隙間から見えた薄茶色の瞳は、想像していたよりも美しい。
こんな男が場末のゲイバーで男を漁っているなんて、ちょっと信じられない気分だ。
「よかったらこの後、俺と遊ばない?」
われながら下手な誘い文句である。
それもしょうがない。モテない俺は、あまりこう言う場で誘うような真似はしないからだ。
これは断られるな……そう覚悟をしたのだが、彼は赤い唇をゆっくりと開いて
「酷いこと、してくれるならいいよ」
と呟いた。連れに聞いたとおりだ。
「酷いことして欲しいの?」
逆に問うと、彼はソッと目を伏せて頷いた。
煙る睫毛の奥の目がユラリと揺らいだように見えたのは、気のせいだろうか。
「いいよ、酷いことして遊ぼう」
噂では暴力的なプレイを望んでいると聞いたが、この男がそこまで望むわけがない気がした。
「俺のセックスはしつこくて、ねちっこくて、酷いって言われるんだ。それでもよかったら、だけど」
「うん、いっぱいシて……」
淡く微笑んだ彼は、俺の手をソッと取った。
それは氷のように冷たくて、なぜか背筋がゾクリとする。
ポカンとする連れに片手を挙げて挨拶すると、彼の細い肩を抱きながら、俺は店を出た。
いつの間にか降っていた霧雨に、ネオンの光がやけにギラついて眩しい。
しっとりと濡れた男の体を抱きながら、目的地めがけて夜の街を足早に歩いたのだった。
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