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第三火曜の男4
やって来たのは店から少し離れたラブホテル。
男同士での入店も可能だから、よく利用している所だ。
部屋に入ってすぐ
「どんなことしてもいいから」
と言って背を向けて、自ら服を脱ぎだした。
俺もそれを見ながら、シャツのボタンを外していく。
全てが無言のまま。空調の音がやけに耳に響いた。
先にボタンを外し終えたのは彼の方だった。
ファサリと落ちるシャツ。
彼の素肌が顕わになった瞬間、俺は目を疑った。
痩せ細った真っ白い背中いっぱいに残る、酷い傷跡。まるで鞭で叩かれたような赤い線が、無数にあった。
首や腕、肩甲骨の辺りには縄で縛られた鬱血痕。肩の下辺りにある小さな丸い痣のようなものは、タバコを押し付けられた火傷の痕だろうか。
そして腕にはリストカットを思わせる、幾筋もの切り傷が。
「そ、それ……」
ゴクリと息を飲む。
「背中? 先月付けてもらったんだ」
彼は嬉しそうにそう言って、背中の傷を撫でた。
――ヤバい。これはホンモノだ。
俺は縛ったりオモチャを使ったプレイを好む。だから今夜もそんなプレイを楽しんで、噂の有名人とセックスを楽しめればいいと思っていたのに。
目の前の男が望んでいるのはそんなプレイじゃない。純粋な暴力だ。
これは俺の手に負えない。
今すぐここを出よう。暴力を振るっても俺の性欲は満たされないし、むしろ萎える。そんなセックスはごめんだ。
「今日は……何も用意してないから……無理だ」
それだけ言うのが精一杯だった。
「何もなくても大丈夫。殴ったり蹴ったり、僕を甚振って痛めつけてくれるだけでいいんだ。首を絞めながらセックスするとね、あそこが凄い締まって気持ちいいんだって。試してみる?」
彼はそう言いながら、ゆっくりと俺に近付いてきた。
まるで幽鬼のような雰囲気に、俺はピクリとも動けずにその場に立ち尽くした。
「そ、そんなことしたら、お前死ぬぞ」
ようやく発した声は喉の奥に引っかかって、やけに掠れていた。
「いいよ、別に」
「え……」
「そんなこと別に構わない。彼の代わりに僕を殺してくれるなら、何をしてもいいよ」
長い前髪の奥に潜む目が、狂気に揺れている。
「あのころみたいに、滅茶苦茶に犯して欲しいんだ。もう一人で逃げちゃ嫌だよ。今度は僕も殺してね」
彼は愛おしげに誰かの名前を囁いて、俺の胸に顔を埋めた。
ヒヤリと冷たい頬の感触。人間のものとは思えない体温に、全身が総毛立つ。気が付くと、俺は彼を突き飛ばしていた。
「おっ、お前おかしいんじゃねーの!? 俺を殺人犯にするつもりか! 死にたいなら一人で死ね! それかその男に頼めよ!!」
ペシャリと床に倒れた彼は、顔を俯かせたまま小さく呟いた。
「彼に、僕は殺せない」
「は?」
「僕が彼を殺してしまったから」
「はあっ?」
こいつは今、なんと言った?
殺人犯だって?
そんなやべぇヤツと、これ以上一緒にいられるか!
俺は男を残したまま、急いで部屋を出た。
ドアが閉まる寸前、何かを呟く男の声が聞こえた気がしたが、そんなものを気にする間もなく、一目散にホテルを後にした。
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